事例4:ゆるいガットはテニス肘防止になるか?
フォアハンド・ストロークにおける手首関節およびサービス・ストロークにおける肘関節の衝撃振動の測定
テニスラケットのストリングスを緩く張ると,ボールの衝撃を多く吸収し,振動を低減し,プレーヤーの肩・肘・手首の傷害を防止するのに良いと一般に言われているようです.
しかし,これらを実証する研究は見あたりません.
また,テンションの影響は大きくないという研究結果もあります.
本研究では,ストリングス・テンションの異なるテニスラケットでボールを打撃したときのプレーヤー上肢系(肘関節,手首関節)とラケットハンドルの衝撃振動を測定しました.
ストリングス初張力(テンション)は 45 ポンド(低め)と 65 ポンド(高め) の2種類です.
図1 手首関節とラケット・ハンドル部取り付けた加速度計 | 図2 肘関節とラケット・ハンドル部に取り付けた加速度計 |
図3は実験風景を示しています.
図3 実験風景 |
図4は,男子上級プレーヤー(全日本ランカー)のフォアハンド・ストローク(フラット)における手首関節とラケット・ハンドルの実測波形です.ラケット面先端側(オフセンター)で打撃した場合です
図4 フォアハンド・ストローク(フラット)における手首関節(wrist)とラケット・ハンドル(Handle)の衝撃・振動実測波形(ラケット面先端側オフセンタで打撃).横軸は時間,縦軸は加速度(衝撃振動による力に相当する). |
図5は,サービス・ストロークにおける肘関節とラケット・ハンドルの実測波形です.
ラケット面のほぼセンタ(わずかに先端側寄り)で打撃した場合です.
図5 サービス・ストロークにおける肘関節とラケット・ハンドル(グリップ端から210 mm)の衝撃振動実測波形(ラケット面のほぼセンタで打撃).横軸は時間,縦軸は加速度(衝撃振動による力に相当す). |
主な結果は以下のようになります.(1) フォアハンド・ストロークにおけるラケット・ハンドルと手首関節の衝撃振動は,ラケット面の先端側オフ・センタ打撃では,45 ポンドの方が 65ポンドに比べてやや小さくなっています.
しかし, 20 ポンドのテンション差に対する衝撃振動の差は小さく,テンションの影響はないとみなせます.(2) サービス・ストロークでは,テンション45 ポンドは 65 ポンドに比べて,ラケット・ハンドルの衝撃振動は大きめ,肘関節の衝撃振動はやや小さめになっています.
この場合も, 20 ポンドのテンション低減に対する衝撃振動低減の効果は小さく,テンションの影響はないとみなせます.ストリングを張ったときの 20 ポンド程度のテンションの差は,インパクト時(ボールとストリングが接触してから離れるまでの間)のテンション 200 ポンド~ 300 ポンドに比べると,大きくはないので,よく考えると,当然のことと言えます.したがって,ストリングスを緩く張っても,手首関節および肘関節の衝撃振動低減には大きな効果は無く,ゆるいガットはテニス肘防止に効果的とは言えないことになります.
ゆるいガットは腕の傷害防止にはならないことを認識して,別の対応を考えることが必要です.これはナチュラルガット,ナイロン,ポリエステルなどの素材の違いについても同様なことが言えます.インパクトのときに,ボールとストリングの間に作用する衝突力は,ボールとラケットの衝突の速度とその間に失われるボールのつぶれによるエネルギ損失でほぼ決まります.テンション 200 ポンド~ 300 ポンドのインパクトの瞬間においては,ストリング素材の違いによる面圧(面の硬さ)の違いは小さく,ボールの変形量にほとんど違いがないので,素材の違いも,腕の傷害防止にはならないことになります.