テニスラケットのフェイスの大きさはプレーにどう影響するか
以下のような質問を受けましたので、解説させていただきます。
『フレームの面積に最適な値があるのですか。
90インチから110インチだと聞かされましたが、いかがですか。
また、面積を広げることで、どんな利点、欠点がありますか。』
まず、フレームの面積、あるいはフェイス面積の単位は、インチではなく、平方インチです。
ウッド(木製)ラケットの時代は、材料が決まっているために重量と剛性(フレームの強度の問題)の制約条件の下で、経験的に約70平方インチというウッドとしての最適なフェイス面積に至り、どのメーカーのものも同じでした。
しかし、最近では、複合材の使用により、フェイス面積を大きくしてもフレーム強度に問題がなくなったので、主に90 平方インチから 120 平方インチのいろいろなサイズのラケットが市販されるようになりました。
最初にデカラケ(110平方インチ)が登場したときは、サイズがでかいほど反発力が大きく、反発が良いエリアも広くなり、また、打球面が広いので、ボレーやスマッシュなどでは相手のパッシングやロビングに対して心理的な安心感があるともいわれていました。
ここで、ラケットの性能を考えるには、ボールとラケットの関係、すなわち、「反発係数」、「反発力(正しくは「反発力係数」)、「ボールの飛び(打球速度)、ラケットのパワー」の意味と違いについて理解しておく必要があります。
「反発係数」は、ボールとラケットのお互いの弾かれやすさを表します。反発係数が高くて、ラケットが軽いと、ラケットの方が弾かれやすくなります。
ラケット面上の位置によって異なります。ボールとの衝突においてフレーム振動の最も少ない衝突位置がスイートエリアと呼ばれ、ラケット面のほぼ中心で最も高くなります。ただし、最近の軽量ラケットは中心よりやや先端側にあって、軽量ラケットほど先端側にシフトします。
「反発力係数が高い」(あるいは「反発が良い」あるいは「反発力が大きい(物理的には正しい表現ではない)」というのは、手で持ったり、宙づりにしたり、床に立てたりした静止ラケットにボールを衝突させたときのボールの「跳ね返りの良さ」(ボールの跳ね返り速度と入射速度の比)のことです。
ラケットの重心に近い根元側(スロートに近い方)で最も高くなり、衝突位置に換算したラケット重量が重いほど、「反発力係数」が高くなります。
「反発力係数」という用語が使われていなかった15年前までは、「反発係数」、あるいは「仮の反発係数」と呼ばれて混乱がありました。
「ボールの飛び」、「ラケットのパワー」、「打球速度」といった用語は同じ意味に使われ、ラケットのスイング速度(正確には、ボールと衝突する位置でのラケット速度)が速いほど、反発力係数が大きいほど、「ボールの飛び」が良いことになります。
「反発力係数」は、重心に近い根元側ほど良いので、ラケットの長さを変えないで打球面を根元側に広げて大きくして、フェイス面の中心で打つとすれば、打点がグリップ側に寄るので、「反発力係数」は増すことになります。
しかし、フェイス面の大きいラケットでは、ラケット面上の打撃点が手前に来るので、同じ力(回転モーメント)でスイングする場合、スイングしたときのラケットの打撃点速度は少し遅くなります。
フェイス面を大きくすると、フェイス面中心での反発力係数は高くなり、面中心でのラケット速度は遅くなるので、結果としては、ボールの打球速度(ボールの飛び)はそれほど大きくは違わないことになります。
しかし、最適なフェイス面積の大きさは、プレーヤーの技術的レベルや身体的条件、たとえば、いつもほぼフェイス面中心付近で打撃できるか、それとも打撃点が大きくばらついてスイートスポットを外れて打撃するかによって変わってきます。
また、速いサーブを武器にする選手、グランドストロークでポイントをとる選手は、ラケット速度が速くなる90~100平方インチが適しており、ボレーを武器とする選手は、反発力係数の高い100平方インチ~110平方インチが適していることになります。
ただし、フェイス面が大きいラケットは軽めが多く、フェイス面が小さめのラケットは重めが多いので、これらの弱点はラケット重量などでも調整できるので、ラケットの選択は、ラケット重量、慣性モーメント、バランス(重心位置)などを考慮して総合的に考える必要があります。
ラケット性能に最も影響するのは、ラケットの重量と重量配分です。
次に、具体例について説明します。
図1は、打球面サイズ(フェイス面積)が100、110、120 in2(平方インチ)の3本の軽量ラケット(b)、(c)、(d)をウッド(木製)ラケット(a)と比べたものです。
3本の軽量ラケットは、どれもストリングスを含む重量が約290g(ストリングス重量は約15~16g)です。
図2はボールを打撃したときのスイング・モデルです。
簡単のために、速度VBOで飛んでくるボールを、肘と手首の関節角度を一定にして、肩関節にトルクNsを与え、90度回転したときのラケット・ヘッド速度VRoで打撃します。
データは、女子トップ・プロのラリーにおけるフォアハンド・グランド・ストロークのインパクト速度を想定し、Ns= 56.9 N・m、VBO= 10 m/sを与えています。
速度VBOで飛んでくるボールを、肘と手首の関節角度を一定にして、肩関節にトルクNsを与え、90度回転したときのラケット・ヘッド速度VRoで打撃。データは、女子トップ・プロのラリーにおけるフォアハンド・グランド・ストロークのインパクト速度を想定し、肩関節トルク:Ns= 56.9 N・m、飛来ボール速度VBO= 10 m/sを与えた。
図3は反発係数の予測値 erです。
グラフの横軸は、ラケット面(フェイス面)中心(原点:0)からボールを打つ打撃点までの距離です。
この場合は、ラケットの長手方向の手前側(根元側)を+、先端側を-(マイナス)にとり、単位 mm で表示しています。
フェイス面(打球面)が広いほど、センターを外れたオフセンター打撃では、フレーム振動によるエネルギ損失が大きいために、反発係数 erは低下します。
図4は反発力係数eです。
フェイス面(打球面)が広いほど、反発力係数 eが、特に中心付近から先端側で高くなります。
図5は、ボールの飛びの予測値VBです。
縦軸の速度(単位 m/s)を3.6倍すると、時速 km/h に換算できます。
フェイス面を大きくすると、フェイス面中心での反発力係数は高くなり、面中心でのラケット速度は遅くなりますが、結果としては、フェイス面が大きい方が、ボールの打球速度(ボールの飛び)は大きくなっています。
図6は、ボールを打撃したときのプレーヤーの手首関節の衝撃振動の大きさ(加速度振幅の初期ピーク値)をコンピュータ・シミュレーションにより予測したものです。
横軸はラケット面中心から打点位置までの距離です。
フェイス面積が大きいほど、特に120 平方インチになると急激にオフセンター打撃(中心を外れたとき)での衝撃振動が大きくなっています。
(ご参考までに)
昔、超デカラケに超ハイ・テンションでストリングスを張ったモニカ・セレス選手(最高位ランキング1位)のラケット SRQ1000(250 g)が話題になったことがあります。
フェィス(打球面)面積130 in2(平方インチ)、全長28.5 in(インチ)というレギュレーションの限界値に近い大きなラケットにテンション90 lbs(ポンド)という限界の強さで張ったラケットです。
若手のパワーテニス台頭に対抗するために彼女が経験から選んだラケットだということでした。
彼女がこのケットを選んだ理由は、スポーツ工学からはどう説明できるでしょうか。
セレス選手のフェィス面の大きいラケットは反発性を重視したためです。ストリングスの超ハイ・テンションは超デカラケの打球感の悪さとコントロール性の弱点をカバーするためでしょう。
彼女の強打を考えると、強度的に厚ラケ(フレーム厚:約30 mm)にならざるを得ません。
また、超デカラケの操作性の悪さは250 g という軽量化によってカバーされ、ヘッド速度が落ちるというデカラケの弱点は、軽量化と長ラケ化によってカバーされています。
しかし、彼女はこの大きなラケットの使用をまもなくやめました。
その理由は説明されていませんが、重量バランスとスイング・ウェイトがやや小さめで反発性が十分でないこと、さらに、軽量の超デカラケは手に伝わる衝撃振動が大きいことがスポーツ工学から想像される理由です。
米国消費者製品安全委員会(2010)では、従来のラケットに比べてストリング面(フェイス面)のサイズが大きい軽量ラケットの振動が大きいことから、たとえば、ラケットの振動が 0.2 秒以上残留しないようにラケットの安全特性基準をメーカーに要望し、基準を満たさない場合はリコールの対象とするなど、テニス肘の障害防止の試みも始まっています。レポートTENNIS ARM INJURY EPIDEMICの30ページに文献(4)の結論が引用されています。
文献
(1) 材料が変えてきたスポーツ用具とパフォーマンス
テニスを例にして(スポーツ工学特集号)
川副 嘉彦、 日本機械学会誌、第106巻1010号 (2003)、 pp.13-15
(2) テニスラケットの素材・構造と性能
(特集:素材とスポーツ)
川副嘉彦、バイオメカニクス研究(日本バイオメカニクス学会誌)、第7巻2号、(2003)、 pp.136-151。
(3) インパクトにおけるテニスプレーヤーの手首関節衝撃振動の予測
超大型ヘッドをもつ従来重量型ラケットと軽量型ラケットの比較
川副嘉彦、武田幸弘、中川慎理、CASOLO Federico、友末亮三、吉成啓子、日本機械学会論文集C編、第79巻808号、(2013)、 pp.4994-5009。
(4) Prediction of Impact Shock Vibrations at Tennis Player’s Wrist Joint
Comparison between Conventional Weight Racket and Light Weight Racket with Super Large Head Size
Kawazoe、 Y.、 Takeda、 Y.、 Nakagawa、 M.、 Casolo、 F.、 Tomosue、 R. and Yoshinari、 K.、 Journal of System Design and Dynamics、 Vol.4、 No.2 (2010)、 pp. 331 – 347
(5) TENNIS ARM INJURY EPIDEMIC
Federal Consumer Safety Product Commission Brief on Tennis Arm Injuries Epidemic
U.S. Consumer Product Safety Commission、 (2010)、 pp.1- 43
https://www.xenecoretennis.com/downloads/Arm_Injury_Epidemic.pdf