テニスラケットの科学(208)
:スピンとストリング(6)
: プロのストリンガーも誤解しているストリング・テンション
:ストリンガーはラケットという「弦楽器」の性能を熟知している「調律師」(名張人)

 一般にラケットにストリングを張った時の引っ張り荷重が「テンション」と呼ばれています。すなわち、張り上がりテンション、あるいは初張力、取り付け張力のことです。
 ストリング面を手などで弾いたとき、ストリングを強めに張った場合は振動数が高く、高い音がでます。ストリングを弱めに張った場合は振動数が低く、低い音が出ます。物理の原理にしたがって、テンションが高いほど、振動数が大きく、高い音が出ます。
 ただし、ストリングを張るときには、ストリングとグロメットとの間の摩擦、縦糸と横糸との間の摩擦などがあるので、 ラケットに張られたストリングの本当のテンション(張力)は、張るときの引っ張り荷重(いわゆるテンション)と同じではありません。
 達人と呼ばれるストリンガーでも、たとえば、600Hzの振動と音が出るようにストリングを張ってほしいと頼まれても、それは不可能です。ただ、引っ張り荷重(張力)と実際のテンションの差を小さくするために、摩擦が少ないように張ることはできるのかもしれません。
 テニスラケットの科学(207)で紹介させていただいたように、インパクトにおけるテンションがボールを跳ね返す復原力になるので、プレーにおいて重要なのはインパクトにおけるテンションです。
 しかし、我々が与えられる情報は(張り上がり)テンションですし、昔から、テンションの値を決めるのは複雑で難しいと言われてきたためか、いわゆるテンションについては、ほとんど理解されていないようです。
 プレーにどのように影響するかという観点からは、(張り上がり)テンションは、実は、単純に考えれば、とても簡単なことです。
 弓を引く場合に例えると、最初にちょっとだけ引っ張っておいて、さらに引っ張るか、あるいは、一気に引っ張るかの違いです。引っ張る力は同じですから、弓の弦は同じだけたわみます。
 ラケットの場合は、ストリングを強めに張れば、インパクトで、さらに引っ張られたときに、最初に強めに引っ張っておいた分だけ、少なくたわむというだけです。
 インパクトにおける張り上がりテンションの差によるストリング面のたわみ量の差は、ストリング面のたわみ量に比べるとはるかに小さく、張り上がりテンションの差は無視してもよいくらいです。
 テンションに関しては多くの方からご質問をいただいていますので、図1を使って、少し詳しく説明させていただきます。
 図1は、横軸はボールとラケットの衝突速度(ストリング面中心で打撃した場合)、縦軸はストリング面のたわみ量を示すシミュレーション結果です(図2参照)。 
 ラケットは、全長680ミリ、打球面積606平方センチ(約95平方センチ)、質量360グラム(ストリングス含む)、重心位置はグリップ端から308ミリの例です。
 55ポンドを基準にして、0.7倍~1.4倍(39ポンド~77ポンド)まで(張り上がり)テンションを変えた場合の5本の曲線を示しています。
 (張り上がり)テンションを39ポンド~77ポンドまで変えたときに、衝突速度の遅い5m/秒(時速18キロ)ではストリング面のたわみ量は1.5㎜~3.5㎜になっているので、たわみ量の差は2倍以上になっています。
 一方、衝突速度の大きい35m/秒(時速126キロ)では、ストリング面のたわみ量は17.5 mm~20.0 mmになっています。すなわち、(張り上がり)テンションに39ポンドと77ポンドの差があっても、インパクトでのたわみ量は20mm程度に対して、たわみ量の差は2.5㎜程度です。
 また、インパクトでは、強めに張ったストリングはたわみ量がわずかに少なく、弱めに張ったストリングはたわみ量がわずかに多いので、結果としては、インパクトにおけるストリング面の硬さ(いわゆる面圧)はほとんど変わらないことになります(テニスラケットの科学(207)参照)。
 したがって、ラケットにストリングを張った時のテンションは弦楽器的性能(振動と音)には大きく影響しますが、プレーにおけるテンション、すなわち復原力、にはほとんど影響しないということになります。
 次稿では、ラケットにストリングを張った時のテンションが異なっても、ボールの変形量がほとんど変わらないことを示し、したがって、(張り上がり)テンションを変えても反発係数が変わらないことを説明させていただきます!
(参考文献)
・ Yoshihiko KAWAZOE, Effects of String Pre-tension on Impact between Ball and Racket in Tennis,
 Theoretical and Applied Mechanics, Vol.43(1994), pp.223-232.
・ 川副嘉彦、ラケットの科学II-⑦ ストリングス・テンションはインパクトにどう影響するか、
 月刊テニスジャーナル,13巻3号(1994.3), pp.80-85.