事例1:ロボットの壁(身体を忘れたロボット

ロボットは、なぜ、地震の処理や雪かきの手伝いに、行けないの?

 

現在の自動車産業に匹敵するくらいの規模で21世紀の重要な産業分野としてロボットが期待されているようです。

しかし少子・高齢社会に期待されるサービスロボットや介護ロボットなど、我々の周囲に存在して、従来の機械とは質的に異なる知的に動く機械をロボットと定義すると、長年の研究にもかかわらず、我々の周りには1体、1匹、1台、あるいは1個のロボットも実在しません(実は、工場などで使われる産業用ロボットの定義はありますが、ロボットの定義はまだないのです)。

生活分野、公共分野、医療福祉分野等においてロボット技術の多様な利用が期待されていますが、現状のロボット技術は、将来の市場拡大に対応したロボット技術の具体的用途や技術の実現可能性を明確にできないでいます。
これまでに何度もロボット産業の将来市場予測がなされてきましたが、いつも期待を大きく裏切られてしまいました。

作業の精度、速度、効率を追求するモデル・ベーストと呼ばれる従来の知能ロボットは、SMPA( Sense- Model- Plan-Act)と呼ばれ。外界をセンサで認識し、そのモデルを内部に構築し、行動計画を立て、そして実際に行動を起こします。
しかし、このような直列方式のロボットは、人間の住む実世界では、障害物が突然現れたような場合に計算に時間がかかりすぎて立ち往生してしまいます。
また、どこか一部が故障すると全体が動けなくなってしまいます。

二足歩行ロボットとして良く知られているホンダのASIMO、ソニーのQRIO、産官学のHRP-2などに代表される最先端と言われる二足歩行ロボットは、従来の制御技術(目標からの微小なズレを前提とした線形近似理論、したがって大きくずれると制御不能になる)を極めた高度な機械ですが、絶妙な制御ゆえに、スペック(仕様)をひとつ変えるだけでバランスが簡単に崩れてしまいます。

これらのロボットは、重心とZMP(重心が足裏の上に来るようにバランスをとる Zero Moment Point の制御)を歩行の基本とし、重力や慣性力に逆らう(力づくの)歩行法ですから、エネルギー的にも無駄が多く、サーボモータの負担も大きく、複雑精妙な制御を必要とし、しかも、実環境における外乱に弱いという欠点があります。

高精度なZMP操作の研究も精力的になされていますが、俊敏・柔軟な動き(大きく大胆に変化する動き)が求められる実環境においては精密な測定と近似線形計算に頼るZMP制御の限界はもはや明かです。逆運動学を計算できるようにするために、微小変動を仮定して線形近似しているからです。

刻々変化して一瞬たりとて止まることのない現実の環境は、ロボットにとっては危険に満ちており、計算に頼るアプローチをとる限り、制御すべきパラメータ(変数)が爆発的に増えることになります。

最近、ロボット関連プロジェクトのキーワードとして、ロボットやロボティクスという用語に代わって、ロボット・テクノロジ(RT)という用語を目にしますが、人間と共存するロボットの実現は相当に先のことになりそうなので、とりあえず、ロボット開発プロジェクトで得られた技術を機械に適用しようということのようです。

しかし、(試行錯誤により)内燃機関(エンジン)や自動車が実現してから自動車工学の体系化が始まったように、ロボットの学問や技術の体系、すなわちロボット・テクノロジ(RT)は、ロボットが実現しないことには始まりようがありません。本末転倒です。

ブルックスが指摘するように、地球の歴史は46億年、単細胞生物が出現したのが35億年前、単細胞から昆虫に進化するのに30億年、昆虫から人類に達するのに5億年、人類が農耕を始めたのが約2万年前、文字を書くようになったのが5千年前、専門的知識を所有するようになったのは数百年前です。

地球が生まれてから単細胞が生まれるまでに10億年、しかも昆虫になるまで単細胞時代は30億年も続いたのです。

一方、我々はまだ単細胞さえ作れません。

数千年前の人たちが文字や計算と関係なく暮らしていたことを考えれば、計算能力は生命(知能:生きる能力)の極めて微小な部分にすぎないことがわかります。

 ヒトの歴史

地球の歴史は46億年
単細胞生物の出現:35億年前
単細胞から昆虫に進化するのに30億年
昆虫から人類に達するのに5億年
人類が農耕を始めた:約2万年前
文字を書くようになった:5千年前
専門的知識を持った:数百年前

Brooks(1991)

人間は、まだ単細胞ひとつ作れない。
ましてやロボットは!
(ロボットは賢いと思いがち、本当に賢いのは生き物)

チェコの作家イバン・クリーマ氏は(「ロボット」という言葉を世界で最初に使ったチャペックはチェコの作家)、「ロボットがどんなに人間に近付いても問題はない。怖いのは、人間がロボットになることだ」と言っています。

人間が「はちロボット」を作れない理由を、以下の「金子みすずの詩」が象徴しています。

はちはお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土べいのなかに、
土べいは町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。
そうして、そうして、神さまは、
小ちゃなはちのなかに。
(はちと神さま by 金子みすず)