事例1:マッケンローのラケット・ハイテク化批判をどう理解すべきか

テニスラケットのハイテク化とテニスのパフォーマンス

元トップ・プレーヤーのマッケンローら数人が,国際テニス連盟(ITF)に対して,ラケットの影響力を抑える対策を要求しました.

「プレーヤーは最近のラケットを使って,以前では考えられなかった時速240キロメートルというスピードでボールが打てる」,「グリップ内部にチップを埋め込んでボールに当たった瞬間にラケットが堅くなるようなものまである」,「ラケットの長さは27インチ以下、幅は9インチ以下にすべきだ.そうすればボールを打つ面がかなり狭くなり,もっと面白い試合をせざるをえなくなる」,「プロ野球では木製バットが使われる」,「ほとんどのトップ・プレーヤーは,どんな道具を使っても,いいプレーヤーであり続けると思う」と言っています.

図1に示すフォアハンド・グランド・ストロークのスイング・モデルを用いて,ボールの飛びに関するラケット性能を予測しました.肘と手首の関節角度を一定にして,肩関節トルクNsを与え,ラケットを90度回転したときのヘッド速度VRoVBoで飛んでくるボールを打撃します.

図1 フォアハンド・ストロークのスイング・モデル

 

次に,軽量・高剛性ラケット(EOS100,290g:フレーム275g,ストリング15 g)と木製ラケット( Wood, 375 g:フレーム360 g,ストリング15 g)を比較したものです.
図2-(a)は ラケット・ヘッド速度VR0,(b)はボールの飛びVB の比較です.横軸はラケット面中心から打点位置までの距離,インパクト速度は女子トップ・プロのラリーにおけるフォアハンド・グランド・ストロークを想定して肩関節トルクNs= 56.9 N・m,インパクト前のボール速度VBO = 10 m/sを与えています.両者のボールの飛びは,37 m/s,36  m/s程度であり,それほど大きな違いではありません.

(a)ラケットヘッド速度 VRo

(b)ボールの飛び VB

  図2 フォアハンド・グランドストロークにおける軽量・高剛性ラケット(EOS100,290g:フレーム275g,ストリング15 g)と木製ラケット( Wood, 375 g:フレーム360 g,ストリング15 g)のヘッド速度とボールの飛びVB の予測結果(肩関節トルクNs = 56.9 N・m,インパクト前のボール速度VBO = 10 m/s の場合)

 

図3は,マッケンローが指摘する圧電素子と制御回路を組み込んだ軽量「インテリ・ファイバー」ラケット IS-10 (241g:フレーム225g,ストリング16g)のパワー(打球速度)の予測結果です.

図3 マッケンローが指摘する圧電素子と制御回路を組み込んだ軽量「インテリ・ファイバー」ラケット IS-10 (重量241g:フレーム225g,ストリング16g)のパワー(打球速度)の予測結果。世界最軽量ラケットTSL(重量224 g:フレーム208 g,ストリング16 g) に比べると,特にラケット面先端側で優れていますが,一般的な軽量ラケットで反発性の良いEOS120A(120平方インチ,重量292g:フレーム276 g,ストリング16 g)と大きな違いはありません。

 

「インテリ・ファイバー」のパワーは,世界最軽量ラケットTSL(224 g:フレーム208 g,ストリング16 g) に比べると,特にラケット面先端側で優れていますが,一般的な軽量ラケットで反発性の良いEOS120A(120平方インチ(292g: フレーム276 g,ストリング16 g)と大して変わりません.

「インテリ・ファイバー」は,木製ラケットと比較すると,ラケット面センターで打撃したとき 5%,ラケット面の極端な先端寄りで打撃したとき 14% 程度,打球が速いことになります.ただし,スイング・フォームが同じと仮定した場合の比較です.これが30数年間のラケットの変化ということになります.したがって,プレーの変化の方が,ラケットの変化に比べて,はるかに大きいように思えます.