事例2:テニスの新しい物理学

ラケットのスピン性能のメカニズムとスピン打撃実験
:ツルツルで硬く,張りあがりの新しいストリングほど,スピンがかかる

テニスのトップスピン打撃におけるインパクトの超高速ビデオ画像解析とシミュレーションによりラケットのストリングとスピンの関係を明らかにしました.すなわち,

1.従来の仮説とは逆に,ストリング表面の摩擦が小さいほど,トップスピン打撃において縦糸と横糸の交差点がずれてボールが食い込み,縦糸が戻るときのストリング面内復原力によりボールのスピン量が増す(スナップバック効果).

2.縦糸と横糸の交差点にノッチができたストリングスでも,交差点を潤滑すると,ボールのスピン量が回復し,接触時間も長くなる(図1,図2, 図3).

 

図1 ラケット使用後にストリングスの縦糸・横糸の交差点にできたノッチ(溝)

 

図2 スナップバック現象:横にずれたストリング縦糸が元に戻るときの復原力(スナップバック効果)によるスピン増大

 

図3 通常ナイロン ノッチ潤滑ナイロン

図3 左:スナップバック現象が小さい  右:ノッチを潤滑するとスナップバック現象が大きい

 

3.接触時間が長くなると,ラケットや手に伝わる衝撃振動も低減する.

4.すでに世界のトップ・プレーヤーは天然ガットよりもツルツルで硬いポリエステルを使っている.

たとえば,図4に示すように,ストリング(ナイロン・ガット)を張ってから1日3時間,1週間ほど使用してノッチのできたラケットの場合,新品のストリングスと比べるとスピン量は平均40%低減します.

ところが,縦糸と横糸の交差点に潤滑剤を塗るとスピン量は平均30%回復し,接触時間は平均16%長くなりました.(図4)

図4 ナイロン・ストリングス(新品,使用後,使用後潤滑)とスピン性能(3回平均値と標準誤差)
 
 

図5は,新品ナチュラルガット(天然)および試合後のナチュラルガット(天然)を張って,プロ・テニスプレーヤーが打撃したときのトップ・スピン実験解析結果を比較したものです.

試合後のガットには交差点に深い溝ができており,トップ・スピン打撃において,縦糸の横方向へのズレと戻りによる面内復原力(スナップバック効果)が少ないために,スピン量が顕著に低減し,接触時間も短くなっています.スピン量が少ないために,インパクト直後の打球速度は速く,したがって,強打した時のボール・コントロールが難しくなります.

 

図5 プロ・テニスプレーヤーが新品ナチュラル・ガットと試合後のナチュラル・ガットで打撃したときのトップスピン挙動の比較(NHKとの共同実験)

 

図6は実験風景です.

図6 NHKとの共同実験風景