いま,ITF(国際テニス連盟)が考えていること(その1)

テニスにおける技術と伝統の調和

1回テニスの科学技術に関する国際会議 (TST, Tennis Science & Technology) 

国際テニス連盟 (ITF、 International Tennis Federation) 主催のテニスの科学技術に関する第1回国際会議 (TST、 Tennis Science & Technology) が2000年8月にロンドン郊外のローハンプトン (Roehampton) で開催されました。
全英(ウィンブルドン)テニス選手権予選が行われる町です。70数名の講演者を含む250名の研究者やテニス協会関係者が15カ国以上から参加しました。いつでも好きな時にテニスができる講演会場の隣のテニスコート、ウィンブルドン前哨戦大会が開催されるテニスクラブでの会議参加者によるデビスカップ(国別対抗)テニス大会、ウィンブルドン大会No。1コートを目の前に見ながらの晩餐会などが企画され、楽しい会議です。

ITFのCoe 氏による基調講演は「テニスにおける科学技術と伝統の調和」というタイトルで、会議の大きなテーマでもありました。

用具、スポーツ科学、施設、ゲームの4つのセッションが、 元世界チャンピオンの名前にちなんだAgassi(アガシ)、 Becker(ベッカー)、 Connors(コナーズ)の3会場で行われ、活発な討論が行われました。

話題の中心は、世界各国のスポーツ・レジャーの現状を調査した研究と新しく公認されたラージボールの影響についての研究でした。

ラージボールは、質量や反発係数に関する規則は変えずに、従来のボールよりサイズ(直径)だけを約8%大きくしたものです。

室内コートや天然芝のような高速コートでは、従来のボールより直径を約8%大きくして球速を抑え、逆にクレーコートのような球足の遅いコートでは、スピードが出るボールを使用し、さらに、中間の速さのコートでは従来のボールを使用するという試みです。

ラージ・ボールの導入は、男子のテニスはスピード化によりラリーが続かなくてつまらないという芝のコートなどでの状況に対して歯止めをかけ、プレーヤーにとっても観客にとってもテニスの魅力と楽しみを増そうという意図です。

ITF主導によりラージボール導入の影響に関する一連の研究が世界の数カ所で行われ、これらの研究にはITFやUSTA(全米テニス協会)の助成があります。

図1 国際テニス連盟(ITF)主催 第1回テニスの科学技術に関する国際会議 ウィンブルドン・テニスコート訪問

図1 国際テニス連盟(ITF)主催 第1回テニスの科学技術に関する国際会議
ウィンブルドン・テニスコート訪問

図2 国際テニス連盟(ITF)主催 第1回テニスの科学技術に関する国際会議 イタリアのテニスラケット製造職人さんと息子と川副(会議晩餐会にて)

図2 国際テニス連盟(ITF)主催 第1回テニスの科学技術に関する国際会議
イタリアのテニスラケット製造職人さんと息子と川副(会議晩餐会にて)

図3 国際テニス連盟(ITF)主催 第1回テニスの科学技術に関する国際会議 テニス研究者によるデビスカップトーナメント,共同研究者ミラノ工科大学 Casolo 教授と

図3 国際テニス連盟(ITF)主催 第1回テニスの科学技術に関する国際会議
テニス研究者によるデビスカップトーナメント,共同研究者ミラノ工科大学 Casolo 教授と

ラージボールの公認

図4 ラージボール(タイプ2:芝コートなど速いコート用)とノーマルボール(タイプ2:従来型)

図4 ラージボール(タイプ2:芝コートなど速いコート用)とノーマルボール(タイプ2:従来型)

 

ITFからの委託により、我々も、プレーヤーの上肢に加わる衝撃振動におよぼすラージボールの影響を実験および衝突解析により定量的に明らかにしました。主な結果は、以下の通りです。

ラージボールは、従来のノーマルボールに比べて、インパクトでのボールとラケット(ストリング)の衝突力はわずかに小さく、接触時間はやや長いという結果になりました。

ラケット面のオフ・センター打撃でもセンター打撃でも、また、ストリングス初張力が異なる場合も、ラージボールとノーマルボールには大きな違いがないという実験結果を理論的にも裏付けることができました。

したがって、ラリーにおけるラージボールは空気抵抗の増大により速度が低減し、その結果、インパクト条件が同じであれば、腕系の衝撃振動も低減することになります。

 ラージボールは、テニスクラブ・レベルの試合から国別対抗のデビスカップやフェドカップの地域グループなどで試験的に使用され、日本でも引退直後(世界ランキング8位での引退は驚き!その後復帰、現役)の伊達公子選手による朝日BS開局記念番組「i-SPORTS」 の初回放送で取り上げてもらったのですが、重量は同一の規格で実際はむしろ少し軽いぐらいなのですが、どうしてもラージボールは重いというイメージがもたれるようで、ウィンブルドン大会のような大きいトーナメントではまだ使用されていません。
番組において伊達選手もうっかり「どうしてもボールが重いと—」と解説してしまいました!

卓球の場合は比較的スムーズにラージボールが導入されたのですが、テニスの場合は、特に米国女子プロの反対が強かったらしくて、まだほとんど使われていないようです。

第2回テニスの科学技術に関する国際会議 (TST Tennis Science & Technology) 

第2回の会議は2003年7月末に開催されました。
会場は第1回(2000年)と同じく、全英(ウィンブルドン)テニス選手権予選が行われる町です。研究者のほか、多くのスポーツ用具製造会社、テニスコーチ、コート建設会社、世界各国のテニス協会など、広範な分野の代表者の参加があり、テクノロジーの理解がテニスの将来にきわめて重要だというITF会長のコメントで始まり、約60件の発表がありました。

主題は、前回と同じく、「テニスにおける科学技術と伝統の調和」ですが、ふたつのパネル・ディスカションがありました。

ひとつは、ゲームへのラケットの影響に関連して、ラケット・テクノロジーの将来について、BBC放送キャスター、女子プロテニス協会副会長、英国デビスカップ選手、ITF技術委員、用具メーカー設計開発者をパネラーとして活発な議論がなされました。

二つ目は、ラインコールの自動化です。

おもに人間のライン・アンパイアとの違いに関して、自動ラインコール装置製造業社、プロテニス選手、テレビ関係者、テニス協会の代表者をパネラーとして広範な議論がなされました。

ラケット・テクノロジーの将来についての議題は、マッケンローら元トッププレイヤー数人が国際テニス連盟(ITF)に対して、最近のラケットの影響力を抑える対策を要求したということもあってのことかもしれません(図5、図6)。

図3 ラケットのハイテク化を批判するマッケンローら

図5 ラケットのハイテク化を批判するマッケンローら

図2 ラケット首部に圧電素子を内蔵したインテリファイバー IS10 (打球面積115 in2、重量241 g(ストリング16gを含む)、 全長27.75 in)をマッケンローらがテニスの伝統を変えるとして批判

図6 ラケット首部に圧電素子を内蔵したインテリファイバー IS10 (打球面積115 in2、重量241 g(ストリング16gを含む)、 全長27.75 in)をマッケンローらがテニスの伝統を変えるとして批判

ITFの技術研究所では、新開発の装置を用いてラケットやシューズ、ボール、コートなどの性能測定実験を精力的に進めていました。

図7は、ラケットのパワー測定装置です。
上から落ちてきたボールをマシーンに取り付けたラケットで打撃して打球速度を測定していました。

図5  国際テニス連盟技術研究所(ITF Technical Center)のラケットのパワー測定装置 (説明しているのは 所長のDr.Miller)

図7  国際テニス連盟技術研究所(ITF Technical Center)のラケットのパワー測定装置
(説明しているのは 所長のDr.Miller)

しかし、用具とパフォーマンスの関係はそう単純ではありません。ラケットが変わればスイングが変わります。スイングが変われば、ラケット性能も変わります。

最近のハイテクラケット(たとえば、図6)のパワーを木製ラケットのパワーと比較したのが、図8です。図8のラケット面上の数字は、その打点でのインパクト直後の打球速度です。

ただし、木製ラケット時代のストロークにおけるスイングを仮定しています。ラケット面センターで5%、ラケット面の極端な先端寄りで 14% 程度打球が速くなっています。しかし、最近はスイングのスタイルが大きく変わってきたので、実際のプレーでの違いはもっと大きいように見えます。

図6 パワー(打球速度)に関するスイートエリアの予測(肩関節トルク:Ns = 56.9 Nm、 インパクト直前のボール速度 VBO = 10 m/s)

図8 パワー(打球速度)に関するスイートエリアの予測(肩関節トルク:Ns = 56.9 Nm、 インパクト直前のボール速度 VBO = 10 m/s)

図9、図10は、国際テニス連盟・性能試験用の標準として製作されたラケットITF(打球面積27in:全長 680 mm、重量335 g、ストリング重量16 g)と標準的な市販ラケット V-CON17(27.5 in:698.5mm、ストリング16gを含む重量 300g)です。

 

図9 ラケット ITF 

図9 ラケット ITF

図10 ラケットV-CON17

図10 ラケットV-CON17

 

図11は、打球速度(ラケットのパワー)の予測結果を比較したものである。ラケット面上の数字は、その打点でのインパクト直後の打球速度です。

図8 ボールの飛びVBに関するスイートエリアの予測値 (肩関節トルク:Ns = 56.9 Nm、 インパクト直前のボール速度 VBO = 10 m/s)

図8 ボールの飛びVBに関するスイートエリアの予測値
(肩関節トルク:Ns = 56.9 Nm、 インパクト直前のボール速度 VBO = 10 m/s)

従来型バランスの重めの性能試験用ラケットITFと代表的な軽量ラケットV-CON17には、ほとんど差がみられません。ラケットV-CON17は、ラケットITFに比べて、ヘッド速度は速くなりますが、反発係数はやや低く、反発力係数は低くなっています。面安定性についても大きな違いは見られません。

 

図12は、ラケット先端側(打点A)でボールを打撃したときのラケットフレーム振動の初期加速度振幅の予測です。この場合は、肩関節トルク:Ns = 56.9 Nm、 インパクト直前のボール速度 VBO = 10 m/s)を想定しています。

図9 ラケット先端側(打点A)でボールを打撃したときのラケットフレーム振動の初期加速度振幅の予測 (肩関節トルク:Ns = 56.9 Nm、 インパクト直前のボール速度 VBO = 10 m/s) 

図9 ラケット先端側(打点A)でボールを打撃したときのラケットフレーム振動の初期加速度振幅の予測 (肩関節トルク:Ns = 56.9 Nm、 インパクト直前のボール速度 VBO = 10 m/s)

ラケットITFはラケット・ハンドルの振動が非常に小さく、ラケットV-CON17は、ラケットITFに比べると、ハンドルの振動がかなり大きいことを示している。 

参考文献

(1) ピエゾ・インテリ・ファイバーを採用したテニスラケットのパワーに関連する性能予測
川副 嘉彦、 武田 幸弘、 中川 慎理、日本機械学会論文集C編 79(799) 2013 p.726-737

(2) 国際テニス連盟性能試験用ラケットITFの打球感に関連する性能予測と評価
川副 嘉彦、 武田 幸宏、 中川 慎理、ジョイント・シンポジウム : スポーツ工学シンポジウム・シンポジウム:ヒューマン・ダイナミクス講演論文集 2009 2009-12 p.130~135

(3) 国際テニス連盟性能試験用ラケットITFのボールの飛びに関連する性能予測と評価 
川副 嘉彦、 武田 幸宏、 中川 慎理、ジョイント・シンポジウム : スポーツ工学シンポジウム・シンポジウム:ヒューマン・ダイナミクス講演論文集 2009 2009-12 p.124~129

(4) マッケンローのラケット・ハイテク化批判をどう理解すべきか
–テニスラケットのハイテク化とテニスのパフォーマンス
川副 嘉彦、テニスの科学 / 日本テニス学会 [編] 、 第13巻、 2005、  pp.18~21

 

(5) インテリ・ファイバー・テニスラケットの手に伝わる衝撃振動特性の予測と評価
川副 嘉彦、 吉成 啓子、 ジョイント・シンポジウム講演論文集 : スポーツ工学シンポジウム : シンポジウム:ヒューマン・ダイナミックス 2003 2003-11-07 p.165-170

(6) ラージ・ボールを打撃したときのテニス・プレイヤ上肢系衝撃振動の予測
: フォアハンド・グランドストロークにおける手首部の加速度
川副 嘉彦、 友末 亮三、 村松 憲 他、ジョイント・シンポジウム : スポーツ工学シンポジウム・シンポジウム:ヒューマン・ダイナミクス講演論文集 2001 2001-11-08 p.74~78

(7) ラージ・ボールを打撃したときのテニスプレイヤ上肢系衝撃振動の測定
: フォアハンド・グランドストロークにおける手首部およびサービスにおける肘部の加速度
川副 嘉彦、 友末 亮三、 村松 憲、 吉成 啓子、 柳 等、ジョイント・シンポジウム講演論文集 : スポーツ工学シンポジウム : シンポジウム:ヒューマン・ダイナミックス 2001 2001-11-07 p.69-73

(8) テニスのインパクトにおける木製ラケットと超軽量・高剛性ラケットの性能予測
(ボールの飛びに関する違いのメカニズム)
川副嘉彦、日本機械学会・機械力学・計測制御講演論文集(A)、99-7(I)、 pp.223-226、 (1999)

(9) テニスのインパクトにおける木製ラケットと超軽量・高剛性ラケットの性能予測
(グリップおよび手首関節の衝撃振動の違いのメカニズム)
川副嘉彦、日本機械学会・機械力学・計測制御講演論文集(A)、99-7(I)、 pp.227-230 (1999)