テニスラケットの科学(473) : プロのストリンガーも誤解しているストリング・テンション :ストリング・テンションと「ボールの打ち出し角度」の誤解を解く  ① ボールのネット通過高さ(トラックマンによる測定例:参考データ)

● ストリング・テンション(張り上がり)と「ボールの打ち出し角度」の関係
 ・ストリング・テンション(張り上がり)と打球速度の関係について、テニスラケットの科学(467)において、比較的精度の高い測定器(一般人には高価:200~300万円!)「トラックマン」を使った貴重な測定値を紹介させていただきました。
・「打球速度」に関しては「スピン量」の少ない「フラット打撃」が最も信頼性が高いので、フォアハンド(フラット)、バックハンド(フラット)、サーブ(フラット)それぞれについて、40ポンド、50ポンド、60ポンドの場合の平均値の比較をグラフにしてみました。
  その結果は、どのショットについても、「打球速度」に関しては、(張り上がり:インパクトにおけるテンションと区別して)テンション 40ポンド、50ポンド、60ポンドには差がないことを示しました。
・「通常のプレイ条件では、張り上がりのストリング・テンションは打球速度に影響しない」(インパクトでのテンションが打球速度を決めます!)ということは、スポーツ工学の分野では30年前から実験やシミュレーションで既知の結果なのですが、一般的には、データの裏付けのない受け売りの解説が多いために、理解されないまま、間違った通説・俗説が常識になっているようです。
・「テンションは打球速度に影響しない」ということは、20年前ぐらいから、Cross とLindseyなどの良質のテニス啓蒙書にも書かれるようになりましたが、テンションが低いとボールが飛ぶと感じるプレイヤーが多い原因として、「テンションが低いとボールの打ち出し角度が高くなり、ボールの飛距離が伸びる」からだろう?という仮説が紹介されています。
(注)
「テンションが低いとボールの打ち出し角度が高くなり、ボールの飛距離が伸びる」というのは、ネットなどでも見かけますが、実験もシミュレーション結果もありませんから、想像(仮説?)にすぎません!
 この仮説には理論的・実験的に多くの誤解もあり、「異見あり!」ですので、追って、紹介させていただきたいと思っています!
● 「ボールのネット通過高さ」と「ボールの打ち出し角度」
・図1は、フォアハンド(フラット)、バックハンド(フラット)、サーブ(フラット)それぞれについて、40ポンド、50ポンド、60ポンドの場合の「ボールのネット通過高さ」(cm)平均値を比較したものです。
これは、打ち出し角度の違いの参考データになります。
・結果は、「(張った時のストリングの)テンション」と「ネット通過高さ(cm)」は対応していません。
(注)
各ショットのインパクトにおいて、打点、ラケット面軌道の角度・速度、ラケット面の角度などの微妙な差によって、ネット通過高さ(cm)の値が相当にばらつくことは容易に想像できます。

図ー1


● 参考までに、テニスラケットの科学(467)で紹介させていただいた「テンションと打球速度の関係」を図2に示します。

図ー2


● 図3について:
これまで繰り返し紹介させていただいたので詳細は省略しますが、インパクトにおいてボールがストリング面に接触してからストリング面を離れるときの様子を示しています。
・テニス書・雑誌などでは、インパクト後のボールとストリング面の復原が別々に起こるような解説がしばしば見られますが、ボールもストリングも変形はお互いの「接触力(衝突力)」によって起こり、接触力が「ゼロ」になったときが両者が離れるときです。
したがって、 インパクトにおいて、接触力が「ゼロ」になって両者が離れるときは、ボールとストリングの変形はインパクト前の状態に復原しています。
ストリングがたわんだ状態でボールが斜め方向に離れていくような間違った解説記事*を見かけることがありますが、テンションの高低にかかわらず、ボールが離れる時は、ストリング面はフラット(平坦な)状態に復原します。
もちろん、ストリング面の残留振動は、インパクト後もしばらく持続します。

図ー3


(参考文献)
・テニスラケットの科学(467)
* Brody, H.: Physics of the tennis racket. Am. J.Phys. 47(6):482-487,1979.
* 宮下充正(監修)、平野裕一(編著)・左海伸夫(共著)、打つ科学、大修館書店、1992年、p. 96、 p. 97.