テニスラケットの科学(235)
:スピンとストリング(33)
:ストリング表面とスピンの関係
:ストリング素材はツルツルで滑りやすいほどスピンがかかる
1987年(邦訳2009年)に発行されたHoward Brodyの著書以来、
「ストリング素材の摩擦が大きいほどスピンがかかる、テンションが強い(高い)ほどスピンがかかる」
というのが従来の仮説でした
(その仮説がいつの間にか通説、常識になってしまいました!)。
しかし、ボールがストリング面を転がったり滑ったりすれば摩擦は働きようがありますが、
ストリング面上でボールがつぶれ、
それが次第に復元しながらボールがストリング面を離れるとしたら、
ストリングとボールの間の摩擦がスピンに影響するとは考えられません。
また、丸い断面のストリング素材(たとえば図1(a))に対して、表面に凸形状を形成して摩擦を増やすことでスピン量を増大するという発想の「スピンガット」と称されるものが市販されてきました。
しかし、ストリングはメイン(縦)とクロス(横)を交互に裏表になるように編んで張られているので(図1(b))、
ストリング面にはゲージ径の大きさそのままの十分な突起がすでに形成されており、
ゲージ径の10分の1にも満たないギザギザの突起形状が摩擦力に支配的であるというのも考えにくいのです。
ノッチ(溝)(図2)のできたナイロンストリング面の交差点にストリング潤滑剤(String Lubricant、サンアイの沖本賢次氏が、国際特許取得)を塗布したラケットで、
フォアハンド・トップスピン打撃実験を行いました。
塗布しないラケットに比べると塗布したラケットはスピン量が回復し、
接触時間が長くなるという実験結果が得られたので、
表面がギザギザしたストリングよりツルツルしたストリングのほうがボールに回転がかかりやすいこと、
ストリング表面の摩擦が小さいほどトップスピン打撃において縦糸と横糸の交差点がずれてボールが食い込み,
縦糸が戻るときのストリング面内の復原力によりボールのスピン量が増すこと、
したがって「スピンガット」の設計指針が180度変わるだろう、
という内容を以前(2005年)にスポーツ・テクノロジー国際会議で発表しました。
トップスピン打撃において縦糸と横糸の交差点がずれてボールが食い込み、
縦糸が戻るときのストリング面内の復原力によりボールのスピン量が増す現象(Spring backと表現しました)が、
のちに海外で「スナップ・バック(Snap back)現象」と呼ばれるようになりました。
(参考文献)
・Yoshihiko KAWAZOE and Kenji OKIMOTO,” Super High Speed Video Analysis of Tennis Top Spin and Its Performance Improvement by String Lubrication”, The Impact of Technology on Sport, ASTA Publishing, (2005), pp.379-385.
・Joshua M. Speckman,The New Physics of Tennis, Joshua M. Speckman 2011-01-04 /String Theory
・KAWAZOE Yoshihiko, OKIMOTO Kenji, OKIMOTO Keiko,
Mechanism of Tennis Racket Spin Performance:Ultra-High-Speed Video Analysis of Spin Performance Improvement by Lubrication of String Intersections,Journal of System Design and Dynamics Vol.6, No.2, 2012, pp.200-212.
・KAWAZOE Yoshihiko,TAKEDA Yukihiro,NAKAGAWA Masamichi,
Effect of Notched Strings on Tennis Racket Spin Performance:Ultrahigh-Speed Video Analysis of Spin Rate, Contact Time, and Post-Impact Ball Velocity,
Journal of System Design and Dynamics Vol.6, No.2, 2012, pp.213-226.