テニスラケットの科学(812)
:研究者も誤解している「テニスの科学」 ― ストリング・テンションと、ボール・ストリング・ラケット間の反発係数と、ラケットの反発性能 ―
:最新(2025年)の「テンションとラケット性能に関する学術論文*」の紹介と実験データの見方・考え方
:from慶應義塾大学 総合政策・環境情報学部講義「スポーツエンジニアリング」 (ゲストスピーカー 川副嘉彦) 2025年12月5日(金)、9時25分~10時55分
*THE IMPACT OF RACKET STRING TENSION ON TENNIS RACKET PERFORMANCE,
Mingshun JIA , Xiaobin LAN, Tao ZHUANG, Bo SUN
Journal of Theoretical and Applied Mechanics(JTAM),Vol. 63, No.4, pp. 855–864, 2025
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・誤解の多い「テニスの科学」
:研究者も誤解しているストリング・テンション(張り上げ)とラケット性能
:最新(2025年)の「テンションとラケット・パフォーマンスに関する学術論文*」の紹介と実験データの見方・考え方
from 慶應義塾大学 総合政策・環境情報学部講義「スポーツエンジニアリング」 (ゲストスピーカー 川副嘉彦) 2025年12月5日(金)、9時25分~10時55分
*THE IMPACT OF RACKET STRING TENSION ON TENNIS RACKET PERFORMANCE,
Mingshun JIA , Xiaobin LAN, Tao ZHUANG, Bo SUN,
Journal of Theoretical and Applied Mechanics (JTAM), Vol. 63, No.4, pp. 855–864, 2025
・Journal of Theoretical and Applied Mechanics (JTAM)は、査読付きの信頼性のある高い学術誌ですし、ここで取り上げた「ストリング・テンションとテニスラケットの性能」という学術論文*の「反発係数に関する実験データ」も信頼性のある貴重なものですが、著者も査読者も「反発係数とラケットの性能(反発力性能)との関係」には誤解があるようです.
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・“35ポンドから70ポンドまで8種類の(張り上げ)テンションについて、ラケット・ヘッドを固定して、ラケット・ヘッドの幾何学的中心に、角度を変えて、テニスボールを射出して斜め衝突させた実験において、テンション 40 ポンドが最も高い反発係数(COR)を示し、張力 70 ポンドは相対的に低い値を示した”
というabstractの記述があり、さらに、
“ ストリング・テンションが低いほど、反発係数(COR)および反発速度は高くなる。”と結論付けられています.
・実験結果の詳細は、後ほど紹介させていただきますが、ここでの反発係数(COR)は、「ボールとラケットの反発係数」ではなく、「ボールとストリング面の反発係数」ということになります.
また、ここでの「反発速度」というのは、ラケットに衝突した場合の反発速度ではなく、「ラケット・ヘッドを固定したときのストリング面の反発速度、すなわち、ラケット重量が無限大に大きい、ボールを衝突させてもラケットが不動の実験条件なので、「反発速度」と表現されているのは、「ラケットの反発性能」を表すものではありません.
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・ボールとストリング面の斜め衝突実験(衝突角度を0度~50度変える)において、高速カメラで撮影したボールの衝突挙動を示す例です.
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・ボール・ストリング・ラケット間の反発係数、あるいはラケットの反発性能を調べる実験では、斜め衝突よりも正面衝突(スピンがほとんどない)の方が精度が良いので、角度0度の正面衝突の実験データのみを表示したグラフです.
・テンションを35ポンドから70ポンドまで変えた衝突実験では、反発係数の値は、大きい順から、40ポンド、35ポンド、45ポンドと65ポンドで、最も低いのが70ポンドになっています.
著者は、これらの実験データについて、横軸のテンションと縦軸の「ボールとストリング面の反発係数」の関係を直線近似し、直線の傾きから、「ストリング・テンションが低いほど、反発係数(COR)および反発速度は高くなる。」と結論付けています.
しかし、ここでの反発速度は、ボールとストリング面の反発係数を算出するために測定した値であり、ラケットの反発性能に直接に影響するものではありません.
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過去の研究(論文)にも、このようなストリング・テンションと反発係数や反発速度(跳ね返り速度)に関するデータは数多くあります。
しかし、データの見方はいろいろで、バラツキを細かく見て、例えば、55ポンドが最大で70ポンドが最小と見るのもあれば、平均値の違いよりもバラツキの幅の方が大きくて違いがないと結論しているものもあります。
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・論文の図は、おおよそ
テンション 35、 40、 45、 50、 55、 60、 65、 70 ポンドに対して、
反発係数 0.81、0.83、0.80、0.79、0.78、0.78、0.80、0.77
であり、
バラツキの幅が 0.77~0.83 で、反発係数の値が大きい順から、40ポンド、35ポンド、45ポンドと65ポンドで、最も低いのが70ポンドになっており、平均値は 0.79 です.
・縦軸が拡大されているので反発係数の差が大きいように見えますが、縦軸を反発係数 0.0 ~1.0 のスケールで書き改めたのが右の棒グラフです.
平均値が0.79 でバラツキの範囲が 0.77 ~0.83、 あるいは「ボールとストリング面の反発係数は約 0.8程度でバラツキの範囲が0.77 ~0.83、+-0.03」というのが川副研究室の見方・考え方です.
拡大した図を次に示します.
・論文のグラフも縦軸を 0.0 ~1.0 のスケールで書き改めると、斜め線は、ほぼ水平になるはずです.
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・「(張り上げ)ストリング・テンション」が低いほど「ボールとストリング面の反発係数」は、わずかに高い傾向にありますが、ラケットヘッドが固定されている実験なので、ラケットの特性は含まれておらず、反発速度(ラケットの反発力)が高くなるとは言えないですね.
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・(張り上げ)ストリング・テンションを2ポンド下げた場合に、ラケットの性能がどうなるかという高校生(テニス歴10年)の質問に対するプロ・ストリンガーの回答に「異見あり!」です.
「ストリング・テンション(張り上げ)」と「ラケットの性能」の関係には、
「ボールと剛壁の反発係数」、
「鉄球とストリング面の反発係数」、
「ボールとストリング面の反発係数」、
「ボールとラケットの反発係数」、
「ラケットの反発力(係数)あるいは反発性能」
という複数の層があり、直接的に「(張り上げ)ストリング・テンション」が「ラケット性能」に影響するわけではありません.
・ストリングは優れもので、素材、太さ、(張り上げ)テンションにかかわらず、どのストリングも「インパクトにおけるエネルギ損失は5%程度で、ストリングと鉄球(変形しないのでエネルギ損失ゼロ)の反発係数では0.97 になります.
ストリングは変形してもエネルギが失われないというのが最も重要なことです.
したがって、
「ボールとストリング面の反発係数」、あるいは、ボールがヘッド固定のストリング面に衝突したときの反発速度(跳ね返り速度)は、ほとんど、
「ボールの衝突前の運動エネルギ」のうち、どのくらい「衝突におけるボールの急速な変形によってエネルギが失われる」かということで決まります。
・ストリングの役割は、何か特別なことをするというわけではなく、ストリングは、ボールとラケットヘッドの衝突のエネルギーを無駄使いしないで、ほぼ全部を反発速度(跳ね返り速度)、あるいは「ラケットの反発力」として有効に利用できるようにする役割をしているということです。
・ラケット・ヘッド固定のストリング面に衝突したボールは、8割の速度で跳ね返ります。
・グリップ部分を手で支えたたラケット面の中心付近に衝突したボールは、スイングしないでも、約4割の速度で跳ね返ります。
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・JTAMに掲載の JIA M. らの論文(2025年)「ストリング・テンションのラケット性能への影響」における「結論」では、
「ラケット・ヘッド固定の衝突実験」結果(縦軸の目盛拡大)は、テンションを35ポンド~70ポンドまで高くすると、直線近似の傾きが下がることから、反発係数は低下するとしていますが、フルスケールに書き改めて表示すると、傾きはほとんど水平になり、「ボールとストリング面の反発係数」の平均値0.79の水平直線とほとんど重なるはずであり、川副研究室の実験データの見方・考え方(結論)は、「テンションはほとんど反発係数に影響しない」ということになります。
テンションの違いによる反発係数の違いは、データのバラツキの幅の範囲内に収まってしまいます。
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(参考記事)
・テニスラケットの科学(811)
