テニスラケットの科学(641)
: テニスボールのリサイクル・再利用(1)
: 毎年3億個作られるうち、リサイクルや再利用されるのはごく一部


” テニスボールの芯はゴム製で、それがフェルトで覆われている。
 そんなボールの生産や廃棄は、環境に負荷をかける。
 ゴムの生産は森林伐採につながり、外側の素材であるナイロンは一般的に石油から作られる。
 毎年3億個のテニスボールが作られているが、リサイクルや再利用されるのはごく一部でしかない。
 テニスボールが環境に与える影響を減らすには、適切にリサイクルするか、古いボールに第二の人生を与える必要がある。
” 

 テニスボールが短命なわけ
 新しいテニスボールが入った容器を開けたことがあるなら、知っているはずだ。
 金属またはプラスチック缶の蓋を開けると、炭酸飲料の缶を開けたときのように、プシュッという心地よい音がする。
 これは、テニスボールの缶が加圧されているからで、ボールの中の高い空気圧と缶の中の空気圧を等しくするためだ。
 缶が開けられると、ボールの周りの空気圧が下がり、ボールの中の高い圧力は少しずつ下がっていって、やがてボールは弾みにくくなる。
 ボールの中の圧力が高い点はサッカーボールやバレーボールも同じだが、テニスボールには簡単に空気を入れ直すことはできない。
 ボールが一番弾む状態でプレーを続けるには、サーブやバックハンド、ボレーに使われたボールを捨て、新しい容器を開け続けるしかない。
 趣味のテニスプレーヤーなら、加圧できる容器を使ってボールの寿命を延ばせるが、もとの弾みを取り戻せるわけではない。
” 

 難しいリサイクル
 テニス団体や環境系の非営利団体は、埋め立てに使うよりもサステナブル(持続可能)な方式に取り組んでいる。
 全米オープンでは、一部のボールを回収して全米テニス協会のテニスプログラムで再利用しているほか、「リサイクルボールズ」という非営利団体が、試合に使われたボールの大半をリサイクルしている
 (編注:日本では日本プロテニス協会などがテニスボールのリユース(再利用)活動を行っている)。
 「テニスボールには、リサイクルが難しいという悪評がつきまとっています。
 ゴムとフェルトの両方が使われており、それを貼り合わせている接着剤を剥がすのがとても難しいからです」。
 リサイクルボールズの理事長、エリン・カニンガム氏はそう話す。

” フランステニス連盟は、2009年より、使用済テニスボールを集めてリサイクル施設に送っている。
 そして、ボールの外側にあたる部分を取り除き、残ったゴムをテニスコートに利用する。
 米国では、リサイクルボールズがジムやスポーツ施設、プレーヤーと連携し、使用済テニスボールを集めている。
 バーモント州にあるリサイクル施設に送られたボールは、専用のリサイクル機器でゴムとフェルトに分けられたあと、処理される。
 米国居住者は、100個以上の使用済テニスボールをリサイクルボールズに送ると、課税控除対象となる寄付の領収書を受け取ることができる。
 容器のリサイクルも忘れないようにしよう。
 通常はリサイクルしやすい種類のプラスチックでできているが、きちんと分別されないことも多い。

” 工夫次第でさまざまに活用
 古いテニスボールはプロには向かないかもしれない。
 しかし、まだ弾むのであれば、ほかにも使い道はある。
 「リサイクルについて考える前に、まず再利用について考えます」とカニンガム氏は言う。
 「何度も再利用できれば、それだけ環境にやさしくなります」
 よく行われる再利用の方法として、椅子や歩行器の脚カバーがある。
 ボールに×字型の切れ目を入れ、椅子の脚を差し込めば、椅子が床にこすれる音を防げる。
 同じようにして、歩行器を安定させることもできる。
 筋肉痛の軽減にも役立つ。
 靴下の中に入れたり、床に置いて踏んだり上に寝たりすることで、筋肉をほぐすことができる。
 少し工夫すれば、いろいろな方法で活用できる。
 使用済のテニスボールを入れて洗濯乾燥機に入れれば、洗濯物がより短い時間で乾くようになる。
 梱包材として使うこともできるし、プールに入れて水面の油分を取ることもできる。
 蚊が嫌いなオイルを混ぜたワセリンを塗って吊しておけば、蚊除けにもなる。
 愛犬にテニスボールを投げてあげたくなるかもしれないが、あまり犬にボールを噛ませすぎないほうがいいだろう。
 ボールのけば立った繊維が歯のエナメル質を摩耗させてしまうからだ。
 発想を変えてみるのもいいだろう。
 テニスボールは、アートやコラージュの絶好の素材になるはずだ。
 カニンガム氏はこう話す。
 「私はよくこう考えます。 テニスボールは、さまざまな冒険をするのです。 テニスボールの人生は、テニスコートだけで終わるものではありません」

全米オープンだけでも10万個 使用済テニスボールの末路
毎年3億個作られるうち、リサイクルや再利用されるのはごく一部
文=SARAH GIBBENS/訳=鈴木和博 日経ビジネス 2023.11.10
[ナショナル ジオグラフィック日本版サイト2023年9月9日掲載]情報は掲載時点のものです。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00292/102300259/…