テニスラケットの科学(811)
:(備忘録)慶應義塾大学 総合政策・環境情報学部講義「スポーツエンジニアリング」 (ゲストスピーカー 川副嘉彦) 2025年12月5日(金)、9時25分~10時55分
:「テニスを科学する:テニスボールとラケットの衝突」
:「テニスボールとラケットの衝突(インパクト)では 何が起こっているのか!」
(内容)
誤解の多い「テニスの科学」
:テニスラケットの性能に関する研究(ストリング・テンション再考)ほか


 今年もゲスト・スピーカーとしてお招きいただき、「テニスの科学」に関する内容(図参照)を学生さんに紹介させていただきました.
 お世話くださいました講義「スポーツエンジニアリング」担当の仰木裕嗣教授と慶應義塾大学に感謝します.
 私の身心が80歳まで持つかと思っていましたが、あっという間に80歳を超えて、81歳になってしまいました.
 もはや何が起こるかわからない年齢なので、私の方が教えられることの多い大変楽しい充実した時間なのですが、5年間お世話になって、切りも良いので、潮時かなと考えて、勝手ながら今回を最後にしていただくようにお願いしました.
 身心の健康を持続して、これからも、個人的には、生涯、一研究者&テニスプレーヤーを目指して、努力したいと思っています.
 右脚の痛み(脊柱管狭窄症と右・変形性股関節症)と機能の改善は一進一退ですが、テニスの試合の緊張感と快感は何物にも代えがたく、12月9日からのベテランテニス(80歳以上シングルス)には脚を引きづりながら参戦予定です!

(おもな内容)
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:テニスを科学する  テニスボールとラケットの衝突
(内容)
・「テニスボールとラケットの衝突(インパクト)では何が起こっているのか!」
・テニスとは? ➡ ① 自分の身体と ② ラケット の操縦法

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:誤解の多い「テニスの科学」
・テニスラケットの性能に関する研究
:ストリング・テンション再考
:最新(2025年)の海外論文に見える要因 
:実験データの見方・考え方

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:誤解の多い「テニスの科学」
・「ストリング・テンションとラケットの性能」に関する最新(2025年)の信頼できる海外論文*でも3つの疑問あり!
・① 「ボールとストリング面の反発係数」、「ボールとラケットの反発係数」、および「ラケットの反発力(係数)」の違いを著者も(覆面)査読者も理解していないのでは?
②  「ボールとラケットの反発係数が高いとラケットの反発力が高い、あるいはボールの飛びが良いという間違った先入観」が著者にも(覆面)査読者にもあるのでは?
➂ 「ストリング面と鉄球の反発係数」、「ボールと剛壁の反発係数」、「ボールとストリング面の反発係数」、「ボールとラケットの反発係数」を経て、「ラケットの反発力(係数)」が定まり、さらにプレーヤーのスイングによる「ラケット・ヘッドと飛来するボールの衝突」により「打球速度とスピン速度」が定まるというメカニズムの理解が著者も(覆面)査読者もできていないのでは?

Journal of Theoretical and Applied Mechanics (JTAMA)
THE IMPACT OF RACKET STRING TENSION ON TENNIS RACKET PERFORMANCE,
 Mingshun JIA , Xiaobin LAN, Tao ZHUANG, Bo SUN∗
Vol. 63, No.4, pp. 855–864, 2025

● 「ラケットの反発力」は、張り上がりテンションによるのではなく、ボールとストリング面の反発係数、ラケットの反発係数(フレームの振動によるエネルギ損失)、ラケットの打撃位置・換算重量で決まります.
 張り上がりテンションの違いによるラケットの反発力の違いは小さくなります。
● 
 論文*の詳細については、貴重な実験データなので、別の機会に紹介させていただこうかと思いますが、
アブストラクト(論文の要約)では、
「ラケットストリング張力がテニスラケット性能に与える影響」という論文について、
“35ポンドから70ポンドまで8種類のテンションについて、ラケット・ヘッドを固定して、ラケット・ヘッドの幾何学的中心にテニスボールを射出した。試験した範囲内では、張力 40 ポンドが最も高い反発係数(COR)を示し、張力 70 ポンドは相対的に低い値を示した。

と書いてあり、
さらに「結論」では、
“ ストリング張力が低いほど、反発係数(COR)および反発速度は高くなる。

と書かれていますが、ここでの反発係数(COR)は、「ボールとストリング面の反発係数」であり、「ボールとラケットの反発係数」ではありません.
 また、ここでの「反発速度」というのは、「ヘッドを固定したときのストリング面の反発速度(ラケット重量が無限大に大きい:ボールを衝突させてもラケットが動かない)」です.
 したがって、この場合の「反発速度」は、「ラケットの性能」を表すわけではありません.
 また、テンションを35ポンドから70ポンドまで変えた衝突実験では、反発係数の値は、大きい順から、40ポンド、35ポンド、45ポンドと65ポンドで、最も低いのが70ポンドになっています.
 したがって、
ストリング張力が低いほど、反発係数(COR)および反発速度は高くなるとは言い難く、むしろ、「ボールとストリング面の反発係数・平均値が0.79 でバラツキの範囲が 0.77 ~0.83」、
 あるいは「ボールとストリング面の反発係数は約 0.8程度で、バラツキの範囲が0.77 ~0.83、+-0.03」というのが川副研究室の見方・考え方です.

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 ちょうど4年前の今頃、テニスラケットの科学(322)で、「再度テンションの大誤解を解く(その1)を投稿していることをFacebookの思い出が、イミングよく、思い出させてくれました.
 そこには、
” (ストリングの反発力は、張り上がりテンションによるのではなく、インパクトでのテンションによる)

 「ストリングを緩く張ると反発力がある!」とプレーヤーの99%(? )が今もなお信じているようです!
テニスラケットのストリングに関する通説・俗説は無数にあり、ストリングの選択は今でも試行錯誤で行われています。
1000分の3~4秒間というテニスのインパクトにおけるボールとストリングの接触時間における挙動をプレーヤーもストリンガーも感知できないこと、
 定量的なボール打撃実験が難しいことなどの理由により,
 テニス専門雑誌などでは,
 ストリングの性能が,打撃用具としての評価というより,
 ボールがストリングを離れた後の弦楽器としての感覚的な評価(音の高さ、音色)や推測がほとんどのようです。
 最も典型的なのがストリングのテンションです。
 「ストリングを緩く張ると伸びが大きいから反発が良い」という説明が一番多いようですが、
 伸びが大きくてもテンション(復原力の源)が低ければ、
 反発力は高いとは言えないので、
この説明は間違っています。

 テニスラケットの科学(206)でも書かせていただきましたが、著名なドン・レアリーの著書にもあるように、
 少なくとも1980年ごろまでは、
「ガットがゆるければゆるいほど、パワーは落ちる」というのが常識でした。
 「テンション(張力)がボールを飛ばす(跳ね返す)」という意味では物理的に正しいのですが、
 間違いは、インパクトでも張った時のテンションを想定していることです。
 張り上がり60ポンドや70ポンドのテンションでも
ボールを跳ね返すことには十分ではありません。
もう一つの間違いは、
 接触時間が長くなるからパワーが落ちるという記述がありますが、矛盾しています。
 一般に接触時間が長くなればテンション(あるいは復原力)が小さくなりますが、パワーは、インパクトにおけるテンションと接触時間の積(積分)で決まります。
 その後、1987年にハワード・ブロディの著書が出ると、
逆に、
「ストリングのテンションを強くすると、反発力は小さくなる。」
「ストリングのテンションを弱くすると、反発力は大きくなる。」
というのが常識になりました。
 ブロディは、物理学的には明快であるというだけで、理由は書いてありません。
 これが現在も主流として続いているようですが、間違った理由が散乱しているのは、ブロディが明快というだけで理由を示していないからかもしれません。
ただし、
 ブロディは、
 2002年発行のロッド・クロスとクロフォード・リンゼイとの共著では、
「ストリングのテンションを60ポンドから50ポンドに10ポンドさげたとき、サーブのスピードは0.7%しか増加しない。」と書いているが、
 さらに最近の論文では、
「(張り上がり)テンションは反発力に影響しない」という実験結果を示しています。
 サーブスピードの0.7%程度の差はラケットの衝突実験においてはばらつきの範囲です。
 要するに過去の実験も、多少の差があったとしても、誤差の範囲とみなすのが一般的でしょう。
 測定精度が改善された最近の実験と理論に基づけば、「(張り上がり)テンションはほとんど反発力に影響しない」と言えるでしょう!
(つづく)

と書いてあります.
https://kawazoe-lab.com/ten…/science-of-tennis-racket-322/

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反発係数が高くても、反発力(係数)と打球速度は高くないラケットの例(川副研究室)
: 外部エネルギを使わないでラケット1次振動をアクティブに減衰させるためにピエゾ・ファイバーと制御回路を装着したラケット Is-10 のボールの飛びに関する性能を予測し,
 最も軽い市販ラケットTSL 、および最も反発性能に優れている市販ラケットEOS 120 A
の性能予測結果と比較しました.
(1) インテリジェント・ラケット Is-10 の1次固有振動数は,
 フレーム剛性の高いラケットに比べて,
 振動の腹(ラケットの首部)に装着したピエゾファイバーの効果により高い値を示しました.
(2) ラケット Is-10 の反発係数は,
 他の2本のラケットと比べて,
 ラケット面全体で高く,
 ボールの飛び(打球速度VB ,ラケットのパワー)も長手方向中心線上,特に先端および根元の打撃点で大きいが,差はそれほど大きくはありません.
(3) したがって,ボールとラケットの反発係数が高くても、プレーのパフォーマンスに与える影響はそれほど大きいとは言えません.

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 反発係数が高いほど、反発力(係数)と打球速度が低いラケット3種(質量は同じ)の例(川副研究室)
: ラケットの性能を考えるには、
 ボールとラケットの関係、すなわち、
 「反発係数」、
 「反発力(正しくは「反発力係数」)、
 「ボールの飛び(打球速度)、ラケットのパワー」
の意味と違いについて理解しておく必要があります。
 「反発係数」は、
 ボールとラケットのお互いの弾かれやすさを表します。
 反発係数が高くて、ラケットが軽いと、ラケットの方が弾かれやすくなります。
 ラケット面上の位置によって異なります。
 ボールとの衝突においてフレーム振動の最も少ない衝突位置がスイートエリアと呼ばれ、
 反発係数はラケット面のほぼ中心で最も高くなります。
 ただし、スイートエリアは、最近の軽量ラケットは中心よりやや先端側にあって、軽量ラケットほど先端側にシフトします。
 「反発力係数が高い」(あるいは「反発が良い」あるいは「反発力が大きい(物理的には正しい表現ではない)」というのは、
 手で持ったり、宙づりにしたり、床に立てたりした静止ラケットにボールを衝突させたときのボールの「跳ね返りの良さ」(ボールの跳ね返り速度と入射速度の比)のことです。
 ラケットの重心に近い根元側(スロートに近い方)で最も高くなり、
 衝突位置に換算したラケット重量が重いほど、
「反発力係数」が高くなります。
 「反発力係数」という用語が使われていなかった15年前までは、「反発係数」、あるいは「仮の反発係数」と呼ばれて混乱がありました。
「ボールの飛び」、「ラケットのパワー」、「打球速度」といった用語は同じ意味に使われ、
 ラケットのスイング速度(正確には、ボールと衝突する位置でのラケット速度)が速いほど、
 反発力係数が大きいほど、
「ボールの飛び」が良いことになります。
「反発力係数」は、重心に近い根元側ほど良いので、
 ラケットの長さを変えないで打球面を根元側に広げて大きくして、フェイス面の中心で打つとすれば、
 打点がグリップ側に寄るので、
「反発力係数」は増すことになります。
しかし、
 フェイス面の大きいラケットでは、
 ラケット面上の打撃点が手前に来るので、
 同じ力(肩の回転モーメント)でスイングする場合、スイングしたときのラケットの打撃点速度は少し遅くなります。
 フェイス面を大きくすると、
 フェイス面中心での反発力係数は高くなり、
 面中心でのラケット速度は遅くなるので、
 結果としては、
 ボールの打球速度(ボールの飛び)はそれほど大きくは違わないことになります。
 しかし、最適なフェイス面積の大きさは、プレーヤーの技術的レベルや身体的条件、
 たとえば、
 いつもほぼフェイス面中心付近で打撃できるか、
 それとも打撃点が大きくばらついてスイートスポットを外れて打撃するかによって変わってきます。
 また、
 速いサーブを武器にする選手、
 グランドストロークでポイントをとる選手は、
 ラケット速度が速くなる90~100平方インチが適しており、
 ボレーを武器とする選手は、
 反発力係数の高い100平方インチ~110平方インチが適していることになります。
 ただし、
 フェイス面が大きいラケットは軽めが多く、
 フェイス面が小さめのラケットは重めが多いので、
 これらの弱点はラケット重量などでも調整できるので、
 ラケットの選択は、ラケット重量、慣性モーメント、バランス(重心位置)などを考慮して総合的に考える必要があります。
 ラケット性能に最も影響するのは、
 ラケットの重量と重量配分です。

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 超軽量トップヘビー・ラケットの性能設計(打球速度の増大)
:現代の高速テニスを特長づける超軽量トップヘビー・ラケット
:反発力とヘッド速度のバランス設計

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ポリエステル・ストリングの時代へ(スピン量の増大)
:ポリエステル系ストリングの打撃用具としての性能はナチュラル・ガット(天然)をすでに凌駕している.
:2013年、国際テニス連盟(ITF)は、
 ポリエステル系ストリングは
 ナイロンよりも20%、
 ナチュラルよりも11%、
スピン量が多いという実験結果を発表しました.
 すでにストリングの反発係数は、
 種類やテンションに関わらず、
 どのストリングも約0.97(エネルギ損失5%)程度
ということも報告されています.
 ストリングは、反発係数に関しては、だいぶ以前から、超・優れモノなのです。

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「テニスの科学の今」
・世の中のテニスラケットの常識と科学の乖離
(トラックマンへの期待!)
:ストリングの性能
① 弦楽器としての性能(振動・音)
:(張りあがり)テンション
:ボールと接触していないとき
(インパクト後にボールが離れた後に残る)
② 打撃用具(武器)としての性能
 (反発力:ボールを跳ね返す力、反発速度)
:インパクトにおける(ボールを打撃したときに働く)テンション
*プロのストリンガーが熟知しているのは、「弦楽器としての性能」では?