テニスラケットの科学(17)  
なぜプロは試合中にラケットを替えるのか
-ストリングの武器としての性能と弦楽器としての性能のメカニズム(実験と理論に基づく考察)-
(まとめ)

「テニスの急所191、ドン・レアリー著、福井烈訳、1980年」には、「ガットが堅く張ってあればあるほど、パワーボールを打てますが、そのかわりコントロールは悪くなります(ボールがガットからより早く離れるから)。ガットがゆるければゆるいほど、打球のコントロールはよくなりますが、パワーは落ちます。(ボールがガットに接触する時間が長くなるから)」という記述があります。
この本のもとになったレアリーの新聞コラムの読者は世界で3000万人以上と言われ、当時は、これがストリング・テンションに関する世間の常識だったわけです。レアリーは、米プロ協会のリーダーの一人で、有名テニスクラブのヘッドコーチでもあったそうです。

一方,現在は、ほとんどのテニス雑誌の記事やテニス専門家のコメントでは、「ストリングを緩く張るほど、ボールは飛びますが、コントロールが悪くなります。」と説明されています。
また、プロが試合中にラケットを替える場面に遭遇し、2、3ポンド、場合によっては 0.5 ポンドのテンションの違いが、ラケットの反発性やボールの飛びにどのように影響するのかという議論がなされたりします。

私の結論は、再掲しますと、以下の通りです。
(1) ストリングが古くなっても反発性は低減しない。
(2) ストリング・テンション(初張力、取付荷重)は、弦楽器としての性能(感知できる振動、音、心理的)に影響しても、武器としての反発性(打球速度)には影響しない。
(3) ストリングは使用するほど、ノッチ(溝)ができて、スピン性能が低下するので、特に、トップ・スピン打撃ではコントロールが難しくなる。
したがって、試合の途中で選手がラケットを替える主たる理由は、時間の経過とともに低減するスピン量、コントロール性能を回復させるためである。

*(蛇足)
元・広島カープの衣笠選手は、バットのグリップが 0.2 mm 細いだけで、気になったそうです。天才・アガシ選手は、試合に負けるとガットのせいにしていました。武器としての用具性能の差は無視できるほど微小でも、心理的影響が、天才たちのパフォーマンスには大きく影響するのかもしれません。