テニスラケットの科学(203):スピンとストリング(まとめと補足)(1):  ラケットとボールがぶつかっているとき、ストリングに何が起こっているのか?

● テニスは相手と駆け引きをしながら、コート内にボールをコントロールするスポーツですから、ボールにスピンを与えることが有効です。
 十分なスピンがかかると強打してもボールがコート内におさまり,バウンド後は鋭く弾んで伸びていきます。
● ボールとラケットが接触している1000分の3~4秒というインパクト(瞬間的な時間)において、打球速度、スピン量(回転角速度)、接触時間がどのように決まるかという視点で、実験データと物理的な解釈に基づきスピンとストリングに関する情報を紹介します。
 技術に習熟した名プレーヤーも名コーチも、インパクトを肉眼で見ることができません。感覚的にも人間が反応できない領域です。したがって、現役のトッププレーヤーや指導者の方々にも役立つものと考えます。
● スピンとラケットの関係
 打球面のラージ化、ラケットの軽量化と進み、ラケットの操作性は非常によくなって、一般プレーヤーもトップスピン打法が当たり前となっています。
 そうすると、ラケットのスピン性能に関心が集まるようになりました。ところが、ラケットやストリングの種類と、インパクトにおけるスピン性能の関係は複雑で、長い間それはほとんど不明でした。
 ストリングは数百種類も市販されており、その種類・材料・テンション(初張力)・ゲージ(素線直径)がどのようにスピンに影響するかは古くからの関心事です。
 ストリング素材の摩擦が大きいほどスピンがかかるという仮説に基づいて、ヘッドを固定したラケットにボールを斜めに衝突させたときのスピン量(時間当たりの回転数)の測定が、米国ラケットストリンガー協会(USRSA)、国際テニス連盟(ITF)技術センターほか、いくつかの大学の実験室で行われてきました。
 高速度カメラによる映像解析技術が身近になる前の2005年頃までは、ラケットやストリングの違いによるスピンの違いは明確にできませんでした。
 したがって、2005年(邦訳本は2011年頃)までに発行された信頼できる実験や理論に基づく国内外の書籍には、種類、材料、テンション(初張力)、ゲージ(素線直径)は、打球速度やスピンに「ほとんど影響しない」と書かれています。
 しかし最近になって超高速度カメラや映像解析技術の進歩により、インパクトにおける衝突現象やラケットのスピン性能のメカニズムが明らかになってきました。
● インパクトは一瞬だ!
 添付図の連続写真は、プロテニスプレーヤーのフォハンドのインパクト(この場合は約1000分の3秒間)における、ボールのスピン挙動とラケットの動きです。ボールとラケット、ストリングが接触してから離れるまでの挙動を1000分の0・5秒間隔(撮影は毎秒2万コマ)で示しています。
 ボールに回転トルク(ボールを回転させる接線方向の力)が与えられて,約1000分の1・5秒後あたりから、片側がつぶれたボールはゆっくり回転し始め、約1000分の3・5秒後にボールがストリング面から飛び出し、ストリングを離れてからボールの回転は加速して回転量(回転角速度)が最大に達します。
 ボールとラケットの衝突速度が大きいほど、ボールはストリング面から短い時間で飛び出します(接触時間が短い)。
 衝突速度が大きいほど、接触時間が短くなる理由は、ボールとストリング面のバネ剛性(硬さ、面圧とも呼ばれる)は変形が大きいほど硬くなるからです。
 衝突速度が大きいと、ボールとストリング面が急速に変形して硬くなり、硬くなるほど急速に復元してボールがストリング面を離れて飛び出します。
 この場合の約1000分の3・5秒のインパクトタイム(接触時間)の間に,ボールと接触しながらラケット面中心が移動する距離はわずか4~5 cm 程度です。