テニスラケットの科学(485) (備忘録)  いま,科学で わかっていること, いないこと 1995年版(2)  テンション比較  :テンションは反発やコントロールに影響する?

“ 高いテンションと低いテンションで,科学的に明らかになっているのもっとも大きな違いは,ストリングのたわむ量である.低い場合は大きくたわみ,高い場合は少ない(イラスト参照).
 しかしストリングのたわみはほとんど反発に影響しない.
 したがってテンションがボールの飛びに直接影響することはない.ただしそれは一般的なスウイング・スピードで,オフセンター打撃でないときである.
 また接触時間についても,テンションは大きく影響しないことがわかっている.
 ちまたではテンションの設定で接触時間を伸ばし,ボールを乗せて運ぶようにしてコントロールを高めると言われることがあるが,そのような作用にも直接関係ないのである.
 ただしコントロールそのものとテンションの関係については,まだよくわかっていない.“
“ テンションの違いで影響が出ると,一般的に考えられていることの多くは,ボールの飛びやコントロールに関してである.
 (インパクトでのストリングのたわみが多いので)テンションの低い方がボールはよく飛び,(たわみが少ないので)高い方がコントロール性に長けているというものだ.
 また,接触時間は,(たわみが多い)テンションが低い時ほど長くなると言われることもある.
 これに対し,現在科学的にわかっていることは 
(1) 一般的なスウィング・スピードでは,テンションは接触時間にほとんど影響しない
 (2) テンションはストリングのたわみにもっとも影響するが,反発に影響するボールの変形にはあまり影響しない(ボールの変形が小さいほど,反発は高い)
 (3) 一般的なスウィング・スピードで,オフセンター打撃でない限り,テンションはあまりボールの飛びに影響しない
―――――――― などである.
 このことから,前述の一般認識は誤解であることが」わかる.
 ストリングのたわみが多いからといって,ボールがよく飛ぶわけでもないし,たわみが少ないからといって,直接コントロールが良くなるわけでもないからである.
 また,たわみによって接触時間が長くなるわけでもない

“ コントロールと接触時間の関係
  ゆっくり振れば,接触時間は長くなるがーーーーー
 コントロールを高めるには,どうすれば良いのか.
 テニス・プレイヤーの永遠のテーマのひとつと言えるが,コントロールに関して科学でわかっていることはそれほど多くはない.
 本文でも紹介したように,接触時間を長くすることで,コントロールを高めようとする仮説がある.
 この仮説が正しいとして,ではどうすれば接触時間は長くなるのか.
 説明したように,一般的なスウィング・スピードでは,テンションは接触時間にほとんど影響しない.
 接触時間に影響するのは,テンションよりもむしろストリングとボールの衝突速度である.
 これが遅ければ接触時間が伸び,遅ければ短くなることがわかっている.
 だとすれば,ゆっくりスウィングすれば,接触時間は長くなり,前述の仮説に立てば,コントロールが高まるのである.
 そしてハードヒットするよりも,ゆっくり振った方がコントロールが良いのはたしかだ.
 ただ,それは接触時間よりも,スウィングがゆっくりていねいだからとの可能性のほうが高く,この仮説の裏付けとはならない.
 また,ちなみに接触時間を伸ばすための要素は,ゆっくりしたスウィング以外では,重いラケットを使う,トップヘビーのラケットを使うなどがある.
” 
(補足1)
 テニスラケットのストリングについて,一般にテンションと呼ばれているのは,物理的には,フレームに取り付ける時の「取り付け張力」,あるいは「初張力」であって,実際に使われるときの(インパクトにおける)テンションは,ボールと衝突してストリングが伸びた状態での張力です.
 この張力のボールが飛ぶ方向の成分が、ボールの打球速度を決める復原力です.(正確には力積:復原力の時間積分,あるいは平均の復原力と接触時間の積)
 図で表示されているように,インパクトでは,低い張り上がりテンションの方がたわみが大きく,高い張り上がりテンションの方がたわみが少ない(張るときに多めに伸ばしているから)ですが,復原力と接触時間にはほとんど違いがありません.したがって,打球速度もほとんど違いがないということになります.
(補足2)
 スイートスポットを外してオフセンターで打撃した場合は,フレーム振動が発生し,したがってエネルギ損失がありますが,テンションが低い方がフレーム振動はやや少なく,エネルギ損失もやや少ないので,反発係数はやや高くなります.
(補足3)
プロの選手もストリンガーもコーチも,勘違いが多いストリング・テンション
:「打球したときのインパクトにおけるストリング・テンション」が,「フレームにストリングを取り付ける(張る)ときのテンションと同じだという勘違いがあるようです.
 打球に影響するのは,「インパクトにおけるストリング・テンション」です.
「インパクトにおけるストリング・テンション」も「接触時間」も,ボールとラケットの衝突速度で決まります.
(補足4)
ストリング・テンションと反発係数
:反発係数は,インパクト(衝突)におけるエネルギ損失で決まります.
 少なくとも1980年ごろまでは,「ストリングを強く張る(テンションが高い)程,パワーボールが打てる(打球速度が速い,ボールの飛びが良い)」とテニス書に書かれていました.
ボルグが,全仏オープンで4連覇,ウィンブルドン選手権で5連覇を達成した頃です.
 ボルグは,ストリングを80ポンド以上というテンションで,当時のウッド・ラケットの素材としては強度ぎりぎりの硬さに,張っていました.
 しかし,その後?,最近は,逆に,「ストリングを緩く強く張る(テンションが低い)程,打球速度が速い(ボールの飛びが良い)」とテニス書や雑誌に書かれていることが多いようです.
 マッケンローが,全米オープン決勝でボルグを破ったのは1980年,ウィンブルドンの決勝でボルグを破って優勝したのは1981年,ATPランキング1位の座をボルグから奪い取ったのもこの頃です.
 マッケンローは,ボルグとは対照的に、ガットをぎりぎりまで緩く張った(テンションが低い)ラケットを使っていました.
 テンションが低い方が,インパクトにおいてストリングの伸びは大きく,エネルギ損失も大きいので,ストリングの反発は低いことになりますが,しかし,ストリングのエネルギ損失は無視できる程度なので(5%程度),30ポンド程度?のテンションの違いによる反発係数の違いは無視できる程度です.
 2ポンド,3ポンドの違いまで気にする選手がいるようですが,これは,インパクトにおける音色や感触の問題(ストリングの弦楽器としての性能)でしょう.
(補足5)
インパクトにおけるストリング・テンションを理解するためのヒント

一般にテンションと呼ばれているのは,ストリングをフレームに取り付ける時に,強めに張って取り付けるか,緩めに張って取り付けるかの違いであって,ストリング素材そのものの物理特性は何も変わりません.

インパクトでは,面がたわむので(ボールが飛び出す方向),ストリングの伸び(長さ方向)は,復原力(ストリング面のたわみ方向の力,ボールの飛び出す方向の力)に比例するのではなく,復原力よりも小さな割合で増大することになります.
 たわみが大きいほど,力に対してたわみにくくなります.つまり,ストリング面がたわむほど,ストリング面は硬くなります(面圧,あるいは面剛性,面バネが硬くなることを意味します).
 したがって,インパクトにおいては,取り付けテンションが低いストリングの方が伸びは大きいので,伸びが大きいことによるテンションの増大があり,結果としては,インパクトにおける面圧(面剛性,面バネの強さ)は,取り付けテンションが低い場合と高い場合とでは,ほとんど違いがないということになります.
 ストリング面を指で押してみると最初は少したわみますが,さらに力を加えても,面は硬くなって,ほとんどたわみが増さないことを実感できるかと思います.
 このような(面)バネを物理では非線形バネと言います.
 したがって,インパクトの衝突力が増しても,ストリング面がたわむほど,同じ割合で硬くなるので,簡単には破壊されにくいのです.
 このような意味でも,ストリングは優れものです!
(参考資料)
ラケット選びの秘訣2:いま,科学で わかっていること, いないこと,
監修・協力/川副嘉彦,テニスジャーナル 1995年3月号(No.137), pp.30-42。