テニスラケットの科学(526)
(備忘録)2020年12月20日投稿
大特集 タッチ 1993年版(2)
:Part1 そもそもタッチとは何なのか
福井 烈 さん、ほか

(備忘録)

● 福井 烈 さん
“ スウィング・スピードは
  必要ない
 タッチというと、インパクトの瞬間にボールを弾くのではなく、一度ストリングでボールを包み込んで、それから放すというイメージが、私にはあります。
 もちろん、インパクトの瞬間にストリングが一度ボールを包み込むという現象は、物理的にはありえません。
 ストリングとボールの接触時間は千分の何秒単位で、包み込むにはあまりにも時間的に短いからです。
 でもイメージとしては、一度ボールの勢いを殺してから打ち返す。
 そんな感覚です。
 おそらくそのような印象を持つ理由は、タッチ・ショットを多用するプレイヤーのストリング・テンションと関係していると思います。
 テンションが高く、ストリングを硬く張っているプレイヤーは、やはりハード・ヒットしボールを強く弾くタイプのショットです。
 しかし、タッチ・ショットを頻繁に使うプレイヤーの多くは、ストリング・テンションを低くして、ボールをソフトに扱うプレイ・スタイルだからです。
 タッチ・ショットで代表的なものは、ドロップ・ショットやドロップ・ボレー、そしてロブ・ボレーなどです。
 要するに、あまりスウィングをしないショットで、しかも効果的な場合、プレイヤーの間ではよくあれはタッチが良かった、などと言いますね。
 タッチ・ショットを打つには、抽象的ですが、ボール勘に優れていなければいけません。
 具体的にはテクニック、そして瞬間的な状況判断が必要だと思います。

● 中嶋康博さん
“ テニスの場合。「タッチ」という言葉にはとてもあいまいなところがある。
 「タッチがいい」という場合、グラウンド・ストロークなどでスパーンという切れ味のいい打球を打てる人に使うことが多い。
 このときには、あくまで他人から見た客観的判断基準によるもので、自分でどうこうというものではないだろう。
 「タッチ・ショット」は、とても柔らかい感触でボレーし、ネット際に落としたりうまくアングルに落とすようなものを指す。
 相手の動き方に応じて、急にコースを打ち分けたり、緩急を自在に操るショットで使う言葉だ。
 とくにボールの勢いを殺したドロップ・ショットではよく使用される。
 共通して言えることは、それがきれいで、鮮やかに決まっていなければ使用されることはない。
 たとえば、昔からテニスをやっていて、すごく妙なフォームだけれども、やたらとアングル・ボレーやドロップ・ショットのうまい人がいるが、こんな人に対してはめったに「タッチがいい」という言葉は使わない。
 やはり、「ああ、きれいだな」というような、見た目の印象も大きな部分を占めるだろう。
 また、逆に、コントロールは抜群に良くても、それがすぐに「タッチがいい」ということにはつながらない。
 努力の結果としてうまいというのは別である。
 そういう意味では、なにか先天的に持っている素質のようなものがからんだ言葉かもしれない。
 意外性の高さが
 大きなポイント
 ストロークなどでタッチがいいと思わせる要素のひとつには、意外性というのがポイントだろう。
 外から見て、「ゆっくり振っているように見えるのに、思いがけないスピードのボールが打ち出されているな」と感じさせるところがある。
 いかにも力強く振っていて速い打球が打てるのは当たり前。
 本人としては精一杯振っているのかもしれないが、楽に振っているように見えて速い打球が出るという場合だ。
 こういったケースでは、あらゆる点でエネルギーのロスが少ない。
 スウィングのパワーをラケットとストリングを使って、とても効率よくボールに伝えているのだ。
 ライジングで速い打球を打てる人は、相手の打球のパワーを生かすという点で優れている。
 相手の打球のパワーがバウンドしてから失われてしまわないうちに、早い段階で反対方向にボールのエネルギーを転換してしまうからだ。
 タッチのいいボレーは、
 ストリング面を球面のように扱う
 ボレーでのタッチでも、相手の予測をはずすことがひとつの要素ともなっている。
 相手の動きを素早く読み、瞬間的にボールの推進力や打ち返す方向を変えてしまう。
 相手の打球スピードなどに関係なく、自分の思い通りのペースに切り替えてしまうことができるということだ。
 とくに、同じような打ち方をしているのにもかかわらず、ストレートに飛んだりクロスに沈んだりするボレーが打てるようなプレイヤーは、微妙に捉えるポイントを変化させているケースが多い。
 一般的にボレーでタッチがいいと言われる人は、打球面を球面のように扱う才能があるのだろう。
 たとえば、松岡選手のフォア・ボレーは、どうしても平面で打っているという印象が強い。
 打つ前から面がしっかりとその方向を向いてしまっている。
 ところがマッケンローなどは、ストリング面で球の表面を撫でるようなイメージを持っている。
 平面にボールが当たれば、どのポイントに当たっても反射角は一定だが、球面の内側にボールが当たったときには、どこに当たったかで反射角は多様に変化してしまう。
 こんな違いがあるのではなかろうか。
 ただ、これは「センス」という範疇に大きく踏み込んでいるとも言えそうだ。
 そのへんの区別はとてもむずかしいだろう。
 フォアとバックでは
 心の余裕が微妙に異なる
 同じプレイヤーでも、フォアとバックでタッチの感覚に違いがある場合もある。
 エドバーグを例にとれば、バックはとてもタッチがいいように見えるが、フォアではバックほど融通がきかないという印象が強い(もちろん他のプレイヤーよりも格段にレベルは上だが)。
 これは、おもに余裕の差だろう。
 バックハンドでは、たいがい捉えるポイントがひとつに決まっているが、フォアではたくさんポイントがある。
 どこででも打てるだけに、「どこで打とうか?」と考える必要が出てくる。
 エドバーグのようにきちっとしたフォア・ボレーでは、捉えるポイントと返球コースが強く結びついているからだ。
 この考えている時間の差が、余裕の差となってくる。
 バックはポイントが固定されているので考える必要がなく、余裕が生まれて細工をしやすくなる。
 これがエドバーグのフォア・ボレーとバック・ボレーの違いだろう。

(参考資料)
大特集 タッチ
Part1 そもそもタッチとは何なのか
テニスジャーナル 1993年7月号, pp.18-21.