テニスラケットの科学(541)
:テニス書・テニス雑誌の解説に異見あり(51)
:ストリング・テンションとラケット性能➃
:ボールとラケットの接触時間
● ボールとラケットの接触時間は、ストリングのテンションを低くしても、現実のインパクト速度範囲では、長くはなりません。
・ Howard Brody 著 Tennis Science for Tennis Player (1987年発行)は、世界中でよく読まれているテニスの科学の啓蒙書ですが、
p. 12, Figure 1.2 ,日本語版:テニスの法則 常盤泰輔[訳] (2009年発行)では、9頁・図1.2が、ボールとストリングの接触時間について誤った理解をもたらしたようです。
・ ストリング・テンションを変えた場合に、ボールとラケットの衝突速度と接触時間の関係を示すBrody氏のグラフは、ボールとラケットの衝突速度が10m/s(時速 36キロ、これは飛来するボール速度に対して、ラケットを振らないで当てる程度の衝突速度)程度では、テンションが低いほど接触時間は長いですが、実用的な衝突速度 30~35 m/s では、テンションの違いによる接触時間の差はほとんどなくなります。(図2)
・ 衝突速度が大きいほど、ストリング面のたわみが大きいほど、ストリング面もボールも硬くなるので、接触時間は短くなります。
・手でボールやストリング面を押してみると、次第に硬くなっていくのが、すぐわかりますね!
ストリング面を2キロぐらいの力で手で押すと、1ミリ程度たわみますが、2キロずつ押す力を増していくと、たわませるのが次第に難しくなってきます。
・ ボールもストリング面も、変形するほど、硬くなっていきます。
・ これはストリングが伸びなくなるのではなくて、ストリングを直角方向に押すという構造上の(幾何学的)非線形性です。
・ 硬いもの同士の衝突ほど、接触時間は短くなります。
・ 接触時間を長くするのは、スピン量です!
スイング速度が一定としたら、スピン量が増すと、打球方向の衝突速度成分が減少し、変形量が少なくなるからです。
● 図3は、フォアハンド・ストローク実打におけるボールとラケットの接触時間の実測値(黒、5000コマ・秒)と計算値(白)を比較したものです。
計算値はフラット打撃に相当します。
● 図4は、衝突速度 26.1 m/s(未熟練者のフラット)のときの接触時間の実測値は3.4 ms(ミリ秒)、衝突速度 36 m/s(熟練者のフラット)のとき2.3 ms(ミリ秒)ですが、計算値と良くあっています。
● 図5は、2005年8月、Brody氏が 、Kawazoeらの論文を読んでくれて、“「ナイスな実験! 「ストリングは摩擦の小さい方がスピンがかかりやすい」ということを、君らは、実証してくれた!”とコメントしてくれて、“ ITF技術研究所長 Stuart Miller、 Rod Cross、プリンス(開発部長)の Davice の3人に論文を送ったよ”と知らせてくれたメールです!(2005年8月)
ちょうど、私は頸椎椎間板ヘルニアで首を痛めて大変な時期だったので、特に印象に残っています!
・プリンス(Prince)の研究開発部長だった デーヴィス(Davice)からは、Prince はツルツルのガット (Slippery string) を15年間も開発していた、潤滑剤の詳細について関心があるというメールをもらいました。
・ 亡き Brody 氏は、寛大な人物で、私がITF(国際テニス連盟)主催のテニスの科学技術に関する国際会議で論文発表した最初の頃、ディスカッションのときに、Kawazoeは日本語でテニスの論文を大量に書いている! 私は日本語が読めなくて残念だ!というような紹介をしてくれたことがありました。少数派の不慣れな日本人に何かと気配りをしてくれました!
*参考文献
・川副、「テニスラケットの素材・構造と性能」、バイオメカニクス研究、Vol.7, No.2, 2003, pp.136-151.
https://kawazoe-lab.com/wp…/uploads/2016/08/20030020.pdf
・川副、「テニスにおけるインパクトのシミュレーション」、シミュレーション、第11巻、第3号、pp.167-173.(1992年)
https://kawazoe-lab.com/…/simulation-of-impact-at-tennis/
・川副、「衝突現象を考慮したテニスラケットのCAE(ストリング張力と衝突挙動)」、日本機械学会論文集(C編)、59巻、558号、(1993年)
https://kawazoe-lab.com/wp…/uploads/2016/08/19930205.pdf
・永田、「テニスの動きのウルトラ・アイー動作分析ー」、J.J.Sports Sci.,Vol.2, No.4, pp.245-259.(1983)