テニスラケットの科学(881):
(備忘録:解説記事 2003年) 
テニスラケットの素材・構造と性能*(その3)
3.感覚的性能評価とスポーツ工学による性能予測
3.1 パフォーマンスに与える用具の物理的影響と心理的影響
3.2 プレイの状況で変わるストリングスの性能
*川副嘉彦,テニスラケットの素材・構造と性能,バイオメカニクス研究(日本バイオメカニクス学会誌),(特集:素材とスポーツ)、第7巻2号,(2003), pp. 136-151.


 (続き)

図ー2


3.感覚的性能評価とスポーツ工学
による性能予測
3.1 パフォーマンスに与える用具の物理的影響と心理的影響
 スポーツは体験により修得するものだから,きわめて主観的なものである.
 したがって,スポーツ用具が実際のプレイにどのように影響するかを客観的に評価することは難しい.
 しかし,最近のスポーツ工学の成果により多くの謎が少しずつ明らかになりつつあるが,ボールとストリングスの性質については以下の例のような誤解が多い.
 1999年にフレンチ・オープンとUSオープン,2000年と2001年に全豪オープンに優勝したアガシ選手が2002年ウィンブルドンの2回戦でパラドン・スリシャパという選手に敗れた.
 この試合に関するインタビュー(ホムシ, 2002)においてアガシ選手は次のようなことを語っている.
 「ラケットのストリングに技術的な問題がいくつか生じた.ストリングを変えてクレー(土の)コートではうまくいっていたが,芝(のコート)では悪夢を見る結末になってしまった.ボールをうまく捕らえることができなかった.そしてどんどん悪い方向へと進んだ.」さらに,「ストリングを変えてローマ(5月初旬に優勝したマスターズシリーズ,クレーコート)ではうまくいっていた.そして,芝での練習のときは大丈夫だと思った.しかし,試合でボールを打ったら,自分でもどうしてなのかよく分からないが,ボールを捕らえるポイントがつかめず,うまくコントロールができなかった.そしてコントロールができるようになったら,今度はあまりにもスピンがかかりすぎて,ネットを越えなかった.」
 この場合のアガシ選手のストリングスとパフォーマンスの関係についての発言は,非常に大きな誤解を招きやすい.
 ストリングスの物理的影響とメンタル的な影響の両方が含まれているからである.
 結論から言うと,ストリングスの物理特性の違いがボールに直接与える影響は小さいのである.
 しかし,ボールがストリングスを離れた後のストリングスの残留振動や音などの微妙な挙動にはストリングスが直接的に影響する.
 ストリングスの変形が(非常に)小さい場合はストリングスの違いが大きく影響するが,インパクトの瞬間のように大変形ではストリングスの影響は小さい.
3.2 プレイの状況で変わるストリングスの性能
 ラケットの素材・構造と性能について述べる前に,ボールとストリングスの性質について少し述べたい(川副,1992a; 2003c).
 プレイにおけるボールとラケットの衝突速度は 20~30 m/s 程度,最高速度サーバーのラケット・ヘッド速度は40 m/s程度である.
 テニスボールと剛壁の反発係数は,衝突速度の増大とともに低下する.衝突速度20 m/sでは 0.48程度である.
 一方,ラケット・ヘッドを固定して,ストリング面にボールを衝突させたときの反発係数は衝突速度14 ~25 m/s の範囲ではほぼ0.83程度であり,ボールの入射速度,ストリングスの種類や張り方・テンション(初張力)にあまり影響されないのが特長である.
 ボールとストリングスの反発係数は高い値を示す.
 鉄のボールをストリングスに衝突させたときの反発係数(実測値 0.97)は完全弾性衝突に近い(インパクトにおけるストリングスの変形によるエネルギ損失はほとんど無いことを示す).
 このストリングスの優れた弾性によって楽にボールが打てるのである.
 「ストリングスを緩く張ると,ボールがよく飛ぶ」と言われる.
 しかし,実験結果によると,衝突速度 20 m/s の場合,テンションを 44 % 増減しても,反発係数は 1.4 % しか増減しない.
衝突速度30 m/s の場合はテンションを変えても反発係数はほとんど変わらない.
 反発係数におよぼすテンションの影響は非常に小さいのである.
 理論的にも説明できる.
 「ストリングスを緩く張るとテニス肘防止になる」と言われる.
 ストリングスの「面圧」(たわみ剛性,面バネ剛性)は衝突速度(たわみ量)に比例して高くなり,衝突速度により10倍近く変化する.
 テニスで使われている「面圧」という用語は,テニス
(注:追記 2026年8月24日:専門書でも誤解が多いのですが,圧力の単位ではありません.
 ストリング面のたわみ剛性,面バネ剛性です.
 たとえば2センチ変形させる(たわまさせる)のに必要な荷重の大きさのことです.テニスにおける面圧(バネ剛性)は,一般的に日常生活で使われるバネとは異なって,ラケットの幾何学的な構造から硬化バネの特性を示し,変形(たわみ)量,すなわちボールとラケットの衝突速度が大きいほど高くなります.
 その結果,衝突速度が大きいほど,変形量が大きくても,面圧が高いので,急速に変形して急速に復元するので,ボールとラケットの接触時間は短くなります.)
 面圧が(張り上げ)テンションに左右されるのは,衝突速度がきわめて小さい場合である.
 また,「テンションが低いほどインパクト・タイム(ボールとストリングスの接触時間)が長い」と言われる.
 米国の著名なテニス専門書に載っている 12m/s 以下のデータはそうなっている.
 しかし,衝突速度が 20 m/s を超えるとテンションの差の影響はほとんどなくなり,むしろ,わずかであるが逆転する.
 理論的にも説明できる.
 テンション 45 lbs と 65 lbs の場合のサーブにおけるラケット・ハンドルの衝撃振動の実測波形は,ゆるいテンションの衝撃振動の方がやや大きい場合もあるということを示した(Kawazoe et al. 1992; 2002c; 2002d; 2003).
 ストリングスのスピン(ボールの回転)への影響については,テンションを変えた実験は,(張り上げテンションの違いよりも)データのばらつきの方が大きい. 
 衝突速度にほぼ比例してボールの回転数が増し,摩擦が大きいストリングスほど回転数が増す*.
*(追記:2026年8月24日:2003年当時は,メーカーのカタログなどには,摩擦が大きいストリングスほど回転数(スピン)が増すと言われていましたが,2005年ごろから,逆に,摩擦が小さいほどスピンがかかりやすいことが明らかになり,国際テニス連盟(ITF)が実証したこともあって,一般にも周知されるようになりました.
図3は,(a)ボールおよび(b)ボール・ストリングス複合系の荷重試験の概略図であり,図4は,その結果である.
(衝突速度の)実用範囲において,ボールもストリングスも変形量の増大にともなって急激に硬化する硬化ばね特性を示す.

図ー3

 
図3 ボールとストリングスの荷重試験

図ー4


図4  ボールとストリングスの荷重試験結果(ボールとストリングスの変形と復原力特性)

図ー5


図5 インパクトにおけるストリングスの変形,張力,復原力

(引用文献)
・川副嘉彦,テニスラケットの素材・構造と性能,バイオメカニクス研究(日本バイオメカニクス学会誌),(特集:素材とスポーツ)、第7巻2号,(2003), pp.136-151.
https://kawazoe-lab.com/research/tenisutakettonosozai/

(続く)