テニスラケットの科学(885):
(備忘録:解説記事 2003年) 
テニスラケットの素材・構造と性能*(その7)
3.感覚的性能評価とスポーツ工学による性能予測
3.6 テニス肘とラケット性能
3.7 スウィート・スポットとハイテク・ラケット
3.8 手首に伝わる衝撃振動とラケットの特性
*川副嘉彦,テニスラケットの素材・構造と性能,バイオメカニクス研究(日本バイオメカニクス学会誌),(特集:素材とスポーツ)、第7巻2号,(2003), pp. 136-151.

(続き)
3.6 テニス肘とラケット性能
1980年代に行われたテニス肘やスポーツ障害に関するいくつかのアンケート調査報告に基づいて,ラケットとテニス肘の関係についてまとめた報告(友末ら,1988)がある.
この報告は,ラケットの材質,打球面の大きさ,ラケットの重さ,ストリングスの張力などとテニス肘発生率との関係を考察している.
これによると,ラケット材質とテニス肘発生率との間には,一定の傾向は認められていない.
すなわち,木,金属,複合材(コンポジットと呼ばれている)の3種類の素材に差があるという報告もあれば,複合材が高いという報告もあれば,逆に木と金属の方が発生率が高いという報告もあることを紹介している.
また,硬いラケットがテニス肘になりやすいという報告があるが,自分のラケットが硬いかどうかの判断は主観的であり,「素材が硬い」,「剛性が高い」および「動的に硬い(振動数が高い)」ということが混同されているようである.
面の大きさに関しては,従来のレギュラーサイズ(現在のラケットに比べると打球面がかなり狭い)から,セミラージ,ラージに変えた際に痛みが生じたという報告を紹介している.
これに対しては材質やガット張力が変わったためであろうという推測がなされている.
この時点では,ラージサイズは,オフセンターで打球した際のねじれが少なく,スイート・スポットが広く,肘に負担の少ないラケットであると考えられている.
しかし,最近の軽量ラケットについての調査はない.
ラケットの重さとテニス肘発生率との関係は,アンケート対象者の筋力などがチェックされていないので,はっきりした傾向は出ていない.
ラケットは重すぎても軽すぎても駄目で,男子の場合は 350 g,女子の場合は 330 g 程度のラケットが推奨されている.
これも最近の軽量ラケットについては調査されていない.
ストリングス(俗称ガット)に関しては,ストリングをラケットに張るときの初張力(テンション)が高すぎるとテニス肘になりやすいと考えられており,55ポンド(25 kgf, 244 N)以下で張ることが推奨されている.
しかし,ラケットの打球面サイズにより異なるはずである.
また,メーカーで指定した適性テンションの最低値で張ることも奨められているが,適正テンションの根拠は明らかではない.
3.2節で述べたように,むしろテンションを低くしてもテニス肘防止にはならないと考えた方がよさそうである.
ラケットは,その急速な進歩により「非常に使いやすくなった」と言われている.
しかし,そうした進歩によってもたらされたマイナス面が存在することも見逃すことはできない.
たとえば,トップ・プレイヤーの場合は,ラケットの性能とプレイヤーの技術の向上によって打球が速くなり,インパクトで腕に伝わる衝撃が大きくなっていると言われている.
一般プレイヤーの場合は,基本ができていなくても比較的容易にテニスが楽しめるようになったが,その反面,プレイ頻度の高いプレイヤーや中高年のプレイヤーに,テニスエルボーや手首・肩などの傷害を持つ人が多くなったと言われている.
また,筋力の弱い中高年プレイヤーは,必ずしも衝撃振動吸収性の良いラケットではなく,ボールの良く飛ぶラケットを求めているケースも多いようである.
そのため,メーカーの開発の方向も,そちらの方向に偏りがちになる.
こうした問題に関わってくるのが、ボールを打ったときに手に伝わるラケット・ハンドル(グリップ)の衝撃や振動であり,これもラケット性能の一側面である.
こうした衝撃・振動特性は,人間が感じる打球感に直接影響するとともに,テニスエルボーなどの傷害とも関連している.

3.7 スウィート・スポットとハイテク・ラケット
一般に,心地良い打球感が得られ,軽い感じでボールが飛んだときに,スウィート・スポットに当たったという言い方をする.
ラケットのスウィート・スポットが広いとか狭いとかいう言い方もある.
しかし,実は「スウィート・スポット」というのは,とくに定義や測定の方法が決まっているわけではないのである.
では,スウィート・スポットとは何を意味しているのだろうか.
一般にスウィート・スポットとして,次の3つの要素を考えることができる.
(1)ボールがストリングスから飛び出す速度,あるいはラケットのパワーが最大となる点
(2)手に伝わる初期の衝撃が最小となる点、
(3)手や腕が感じる不快な振動が最小となる点
これらの3つのスウィート・スポットは,それぞれラケット面上の異なる点に存在する.
ただし,この3つは,それぞれラケット面のほぼ中心近くに存在する.
そのため,あるレベル以上にスウィートな感触が得られる範囲という意味で「スウィート・エリア(領域)」という表現が使われることも多い.
現場のコーチやプレイヤーは,ラケット面の中心という意味で気軽に「スウィート・スポット」という言葉を使うことが多い.
また,ラケット・メーカーのいう「スウィート・エリア」は,これまではボールの飛びが良い,あるいは反発性の高い領域という意味の場合が多かった.
しかし,最近は,第2,第3の意味-すなわち,衝撃や振動に関するスウィート・スポットが重視される方向にある.
滑車でストリングスを支える「ローラーズ」(ウイルソン)やグロメット(ストリングスを通す小穴に取りつけた鳩目のようなもの)の部分でストリングスが滑らない構造にした「マッスルパワー」(ヨネックス)などの最近のラケットがグロメットの部分を重要視したり,圧電素子をフレームに組み込んだ「インテリジェント・ラケット」(ヘッド)が制御装置を組み込むことにより積極的な振動低減を試みたりしているのも,手に伝わる振動を低減しようという発想である.
軽量ラケットのグリップエンドに錘(おもり)を装着したラケットも手に伝わる衝撃を小さくする.

3.8 手首に伝わる衝撃振動とラケットの特性
手に伝わる衝撃振動の大きさは,ラケット面上の打点の位置とグリップの握りの位置で異なることになる.
手に伝わる衝撃・振動は複雑だが,インパクトの瞬間にボールとラケットの衝突により発生した力(図9)が手に伝わったものが「衝撃成分」であり,ボールとラケットの衝突力により発生したフレーム振動(インパクト後も残る)が手に伝わったものが「振動成分」だと考えるとわかりやすい.
フォアハンド・グランド・ストロークを想定して,プレイヤーのモデルを設定すると,ラケットと手首関節の衝撃振動波形を衝撃成分と振動成分との合成により計算することができる.
グランド・ストローク(フラット)打撃における手首関節の衝撃振動(加速度)測定波形と予測波形を図16に示す.
ラケット面先端側のオフセンターで打撃した場合の例である.
図17は衝撃振動(加速度)の測定位置を示す.
最初のピークがインパクトの瞬間で,残留振動が残る.
予測波形は実測波形に比べてよりやや大きめであるが,実測波形の特徴をよく表している(Kawazoe et al. 2000a; 2000c).

・図16 グランド・ストロークにおける手首関節の衝撃振動(加速度)波形の予測,先端側のオフセンターで打撃した場合: (a) 計算値  (b) 実測値
・図17 手首関節と肘関節の衝撃振動の測定

(補足)図8,図9

(引用文献)
・川副嘉彦,テニスラケットの素材・構造と性能,バイオメカニクス研究(日本バイオメカニクス学会誌),(特集:素材とスポーツ)、第7巻2号,(2003), pp.136-151.
https://kawazoe-lab.com/research/tenisutakettonosozai/

(続く)